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コンテンツ消費論 稲田豊史 × 加山竜司

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長寿コンテンツの鍵は「世界観」

――SNSが普及し公式とファンの関係性が強くなったいま、作品やコンテンツにはどんな変化が起きているのでしょうか?

稲田  従来は、公式なりクリエイターなりが作品を発表して、それをファンが受け取り、拍手する。わりと一方通行でした。でも今は、公式とファンが世界観を一緒に作っていくタイプの作品が増えてきていると思います。グループアイドルなんかも、メンバーを決めるオーディションから公開するじゃないですか。視聴者に「どういうキャラのメンバーを入れたら、このグループは成功するのか?」というところから、参加意識を持たせる。 アニメやゲーム分野でも、世界観を創造する側の公式が、ファンの意向を組んでイベントを運営したり、新キャラクターを投入したりすることがわりとある。

加山  あるかもしれないですね。公式とファンダムが一緒になって作品世界観を育てる、という感覚が一番端的に現れているのは、クラウドファンディングだと思います。わりと正の側面というか、プラスなムーブメントですよね。

稲田  あと、似た構造だと思うのが、ホストとその太客。虚構の疑似恋愛的な世界観を一緒になって作り上げる、売上トップになろうという共通の目的意識を持つ、協力し合ってこの美しい夢をキープしていこうという意味では、公式とファンダムの関係に似ています。
さらに似ているのが、ディズニーランドのキャストとゲスト。ディズニーランドってちょっと特殊で、キャストが美しい世界観を演出するのは当たり前ですが、ゲストもかなり協力的じゃないですか。あの唯一無二の世界観を崩さないようにしようという、行儀がよく忠誠心の高いお客さんが集まっている。ほかのアミューズメントパークとはレベルが違います。

加山  それはやっぱり、ディズニーがクレバーだと思います。ホストとお客の関係って、どこまで行っても疑似恋愛じゃないですか。恋愛って何年続きますか?

稲田  (笑)。

加山  たいして続かないと思うんですよ(笑)。一般論として、恋人より家族や子供に費やすお金や年月のほうが多いし長い。だから、疑似恋愛ではなく、疑似ファミリーという形を作っているのが、ディズニーの世界観かなと思います。テレビCMを見ても、恋人と一緒に行ったディズニー、結婚して子供を連れていくディズニー、年老いていくディズニーみたいなのがある。「ファミリーのなかにディズニーがある」という位置付けにしたほうが、長くお金を使ってくれると思うんです。

稲田  狡猾ですね(笑)。そういう意味では、「長持ちするコンテンツの条件は?」という問いの答えは、「公式とファンが疑似恋愛関係ではなく、疑似家族関係で結ばれている」ということになるんでしょうね。

供給過多の時代、作品を“いつ”宣伝するか

――宣伝はいつ、どのように行うのが効果的だと思われますか?

稲田  映画で言うと、かつては、公開初日より前にメディア露出をたくさん仕込むのが定石でした。公開の2カ月前から情報を段階的に出していく。公開直前にピークを持ってきて、その総仕上げとして、公開初日にテレビをジャックする、とか。でも、今は映画に限らずそれがあまり効かない。早めに情報を出しても、公開初日とかリリース日までに忘れてしまうので。本もそうです。あまり早く「新刊出ます!」と訴えてもダメで、発売日にドンとやる。もしくは発売直後の著者のメディア露出が大事だったりします。

加山  初動が大事って、みんないいますよね。

稲田  すごいムーブメントが起こる作品は、公開後もしっかり宣伝をして、話題になっていますよね。先ほど挙げた『国宝』もそうです。実は公開直後の人入りはそこまで良くなかったんですよ。少しずつ口コミなどで評判が広がり、宣伝サイドがそれを拾い上げていくことによって、超超ロングランになりました。

――ムーブメントが起きている作品には、ほかにどんなものがありますか?

稲田  最近のヒット作だと、Netflixのオリジナルアニメ作品『超かぐや姫!』(2026年)ですね。Netflixの定額料金で観られるのに映画興行が好調で、(対談時点で)27億を突破している。しかもリピーターがすごく多い。
一方で、同作については「よくわからなかった」という人もまあまあいます。ライバー、VTuber、ゲーム内メタバースといった概念や空気を理解していないと、劇中で一体何が行われているのかが把握できないので。ぶっちゃけ、年長者の評論家には厳しい内容です(笑)。
『超かぐや姫!』って、従来型の映画批評を適用しにくい作品なんですよ。文芸的な起承転結や、物語の型とか、王道の完成度みたいな物差しでは語れない。なぜなら『超かぐや姫!』が見せたいのは「ライブ」だから。見せ場であるライブシーンが随所に配置されていて、その間をブリッジとしての物語がつないでいる。完全にミュージカルの作りだと思いました。
演目のパフォーマンスが最大の見せ場で、その間に、ダイジェスト的なストーリーが配置されている。ミュージカル映画ではなく、舞台ミュージカルの作り。ある意味で『国宝』もそう。昔ながらの映画の形式が至高と思っている人からは、人物描写が足りないとか、もっとじっくりお芝居を見たいという意見が出ます。でも、作品の目的がそもそも違うんですよ。とにかく歌舞伎の演目を一番の見せ場にしたい。

加山  逆にいうと、それは多様性なのかもしれないですね。

稲田  そう考えると、『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年)や『Michael/マイケル』(2026年)の大ヒットも納得がいきますよね。皆が聞いたことのある有名曲を全編にわたってたっぷり配置して、その間を物語で埋める。こういう作りだと客は飽きない。高度な映画リテラシーのない人でも観られる。すなわち客を選ばない。これが大衆性が高いということ、ひいては多様性があるということではないでしょうか。

加山  ハリウッドでは、一時期MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)がものすごく流行りましたよね。ああいったものに疲れてしまったのかなとも思います。映画って、本来もっといろいろあっていいはずなのに、というところに受け皿となる作品ができていったんじゃないかな。

稲田  ここ数年のMCUは映画だけでなく、新作公開の合間にディズニープラスのシリーズをそれなりに観ていないと理解できない状況でした。おっしゃる通り、そこにみんな疲れた結果、前提知識や映画リテラシーみたいなものがなくても感覚的に観られる作品が好まれているのかもしれません。
『超かぐや姫!』も、ライバーやVTuberやゲーム内メタバースを知らない人にとっては厳しいけど、一定年齢以下の人は教わらなくても知っていることなので。その意味では前提知識が必要ないとは言えます。年長世代をただ切り捨てているだけ。
さっきのムーブメントの条件でいうと、『超かぐや姫!』はリリース後の視聴者や観客の盛り上がりを受けたアフターフォローが手厚くできていました。公式がファンの盛り上がりをちゃんと把握していたんです。

加山  宣伝の場が変わってきた、ということなんですかね?

稲田  そうだと思います。かつて、映画を観に行くきっかけは、公開直前の出演者稼働や著名人のリコメンド、あるいは専門家の激賞などでした。それらは今もありますが、拡散効果という意味では、公開後にいち早く作品を観た一般の人が、Xなどでどれだけエモい感想を語ってくれるかのほうがずっと上でしょう。
公式としてはそういう声をできるだけ拾いつつ、公開後にショート動画を次々と発信するなどして「いますぐ観たい!」気分を盛り上げ、今夜なり今週末なりに観に行かせなければなりません。公開の何週間前に記事などを仕込んだところで、多くの人は日々受け取る情報にまぎれて忘れてしまっているので。

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