コンテンツ消費論 稲田豊史 × 加山竜司
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【対談②】公式とファン、ムーブメントの関係性
作品とファンをつなぐ「公式」
――作品を視聴する「ファン」にとって、作品の運営・宣伝を行う「公式」とは、どんな存在なのでしょうか?
稲田 一見すると、公式ってすべての決定権を持っていて、ファンダムやファンがそれにひざまずいて従うと思いきや、そうでもなかったりします。公式側がファンを統制するケースもあれば、逆にファンの気持ちをめちゃくちゃ汲みながら運営するケースもありますよね。
加山 僕の本でいうと、二次元の推し活をやってる人は、やっぱり公式を非常に重んじる傾向がありました。
稲田 ただ時々「公式が怠慢だね」みたいな言われ方をすることもあるじゃないですか。新しい素材を全然出してくれないとか、イベントを全然企画してくれないとか。加山さんは取材をされていて、ファンから公式に対するスタンスが見えることってありましたか?
加山 二次元コンテンツの場合、以前は公式から供給される情報の間を埋めるものに、二次創作がありました。それこそ同人誌を作るとか、痛車を作る人とか。自分でなんとかするDIY精神があったんです。でもいまは、「公式にお金を落としたい」とか「もっと公式にお金を落とさせてほしい」とさえいう人がいる。つまり一般のエンドユーザーが「公式に還元するにはどうすればいいか」まで考えるようになっています。
稲田 本にもありましたね。ゲームのグッズを購入するよりも、課金したほうが「還元率が高い」と。あれは面白かった(笑)。
加山 ソシャゲだと、だいたい1回300円のガチャを10回連続で回して3000円。それが公式への還元率が一番高いとされています。
稲田 すごいですよね。それってビジネススキームを理解していないとできない。
加山 あと二次創作をやらないという人もいて、ユーザーの著作権の意識が高まっているからというのも理由としてあると思います。
――ファンの間で、公式重視の傾向が強まっているんですね。
加山 「公式」という言葉がクローズアップされるのは、それと対になる「非公式」が存在しているからだと思うんです。この十数年、ユーザー側が一番腹を立てたことって海賊版で、ゲームもそうだし、マンガの海賊版サイトなんかとくに多かった。だから、そういったものに対する憤慨の意識はもちろんあったし、その義憤は正しい。

稲田 だから、今のファンって皆すごく「いい子」だなと思います。法律を守ることはもちろんいいことですが、なんというか、従順でとても物わかりがいい。
僕みたいな、1990年代に“若者”だった世代の感覚からすると、今の「公式の情報が、基本的には一番信用できる」という風潮には少しだけ違和感があるんですよ。公式と敵対するわけじゃないけど、公式が発表しないものにも真実があるのではないかとか、第三者による評論のほうが的を射ていて、「公式発表」って別におもしろくないよね、みたいな天邪鬼なスタンスを取る人が、昔はわりと多かった。でも、今そういうスタンスを取る人は減って、「公式の情報が一番正しい」という空気が圧倒的に優勢です。「コンテンツ評論はあまり読まれないけど、クリエイターインタビューはすごく読まれる」はその最たるもの。クリエイターの声って、つまり「公式情報」だから。

加山 たぶんマンガ・アニメのジャンルに関していえば、昔からそういうスタンスがあって。いま、可視化されただけな気もしています。 マンガ・アニメ界隈って、毎年の夏と冬に開催されるコミックマーケットに代表されるように、二次創作は今も昔も盛んです。「二次創作をやる人たちに権利意識がないの?」といわれたらそんなことはないんですけどね。そして、一方では批評をパージする人たちもいた。映画も舞台も声優も宝塚も、あらゆるジャンルのエンタメに専門誌が存在するのに、マンガには専門誌(マンガ自体を掲載するわけではない媒体)が存在しません。批評が育ちにくい土壌といえます。だから「公式しか認めない!」という人は、いま現れたのではなく、ずっといたと思うんですね。ただ、そうした層がいま増えているのだろう、と。
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