三池敏夫監督と特撮美術の世界
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人材育成ができれば特撮の将来に繋がっていく
――現在の特撮美術を取り巻く環境についてお伺いしたいと思います。三池監督が特撮美術の仕事を始めた頃と現在の現場には、どんな違いがあるんでしょうか?
三池 この仕事を始めて40年が過ぎましたが、明らかな違いはコンピューターによって映像が作れる時代になったというところですね。2000年以降から、徐々にCGの画作りが増えきましたが、今では、もう何でもCGが表現できる時代になりました。
現在はミニチュアを使う撮影の方が、予算がかかってしまいます。ですからミニチュア特撮自体が贅沢な撮影方法になり、そういう場が減ってるのが現実です。
――ミニチュア特撮が残っているのは、手法自体に独自性があるからなのでしょうか。
三池 CGによる映像作りは本当に日進月歩で、今や、本物と見分けがつかないぐらいの映像を作れるようになっていますが、弱点としては、作り手の個性が見えないところだと思うんです。会社の独自性や作家の個性が画一化して、誰が作ったか、みたいな楽しみ方ができないんですよね。それは、ある意味到達点であって、技術的な勝利なのかもしれないですけど、アナログの時代は作り手の持ち味があって、映像に非常に味があったわけです。それがCGとアナログ技術との差かなと思います。ただ単純にお客さんに絵をみせるという意味では、及第点と言える映像は今、どの作品でもできるんですが。
――画一的な映像になっているという意味ですね。
三池 状況を説明する上での映像としては、もう何の問題もない。ただ魅力を感じるかっていうと、作り手の個性が見えない。それと大きな違いは現場の楽しさですね。CG作りの大変さは、もちろんあるんですけど、いろんな技術者が力を合わせて、それぞれの腕を発揮してっていう、そういう楽しさやミニチュア特撮の達成感みたいなことは、なかなかCG制作のプロセスにはない。現場で、みんなの力を結集させて期待以上の画作りを可能にするっていうのは、アナログ特撮には今でも残ってるんじゃないかなというふうに思います。
――そういった現状の中で感じている、現在の特撮美術の抱えている課題はどのようなものですか。
三池 CGが登場する以前からですけど、やっぱり予算と時間の問題があると思います。いつも美術準備に余裕がないということです。日本の制作環境の中で、新しい技術を生み出すのは難しくて、従来、先輩たちがやってきた方法論を踏襲して無難にやるしかない。そこが、なかなか特撮美術が進歩できなかった原因じゃないでしょうか。
ただデジタル時代の恩恵を受けたミニチュア作りで二つ、良い技術があります。一つはレーザーでパーツを切り出す、レーザー加工技術。手作りでは不可能な精度の高いミニチュアのパーツが切りだせるようになりました。もう一つは3Dプリンターによって、複雑なパーツも容易に作れるようになりました。このふたつの技術は最近のミニチュア作りでは重宝しています。
――お話のようにCGやデジタル技術が入って現場が変わっていく中で、これから特撮の技術の現場を目指したいという若い人たちは、何を学べば良いんでしょうか。
三池 現在では、CG作りから入る若者も多いわけですけど、やっぱり古典も勉強してほしいと思います。歴史は点と点ではなくて線で繋がっているので、過去に名作と言われた作品、良いとされる作品、それも一般映画から特撮を使った映画まで、いろいろ観てほしいです。アメリカのアカデミー賞や日本アカデミー賞の最優秀だけじゃなくて、ノミネートされた作品含めて、過去に遡って良い作品を観るのは、大事な勉強だと思います。
――特撮の美術の現場を目指す人も、特撮やVFXの作品だけじゃなくて、一般の映画もちゃんと見た方が良いということですね。
三池 偏ると良くないと思いますよ。お客さんは、必ずしも特撮だけを観たくて映画館に来ているのではなく、いろいろな映画を観ているわけです。いろんなジャンルの映画の良いところ悪いところ、自分にとって何が大事かっていうところも含めて確認するために、多くの映画を見た方がいいと思います。
――三池さんは特撮美術のこれから、そして後進たちのためにどのような取り組みをしていきたいか、あるいは現在やってらっしゃることがあればお聞かせください。
三池 現状でいくと、後継者を現場に入れて育てていくのは難しいのですが、特撮を未来につなげたいという願いは切実にあります。福島県の須賀川市で「特撮アーカイブセンター」という施設を作ったんです。そこで特撮映像を作る上での中間生成物、つまり図面だったり、デザイン画だったり、実際に撮影で使ったミニチュア造形物を文化として残そうという活動をしています。当時の現場を見られなかった今の若い人も、過去の作品の手がかりを見て、先人たちがどういう苦労をして撮っていたのかが分かるように、文化的な財産として保存していきたいなと思っています。あとは現役を離れた先輩たちに話をお聞きして、「オーラルヒストリー」という形で生の証言を残して、長くミニチュア特撮の伝統を残していきたいなというふうに思っています。
――昨日も、福島でワークショップをやってらっしゃったそうですが、お子さんたちというか、参加者の反応をどのように感じていますか。
三池 子供向けの「特撮ワークショップ」は、職業の進路として現実味がある活動ではないですけど、ただ特撮の面白さ楽しさを知ってもらうことに意義があると思っています。親子を通して特撮体験は、どこでもできるわけじゃないんで、非常に喜んでもらっています。自分も楽しいですしね(笑)。
特撮が未来に繋がっていくと良いかな
――特撮アーカイブセンターや「円谷英二ミュージアム」、そして現在、開催されている『井上泰幸のセカイ展』など、展示やイベントにも力を注いでいらっしゃいます。本来は映像のための美術を、展示で見せるときの違いはあるのですか。
三池 展示のミニチュアの方が、お客さんがより近くから見るので、どこから見ても成立させるように工夫します。撮影用のミニチュアは、カメラから見えないところは基本的に作らないんですが、お客さんが直に見る展示用ミニチュアは、精度を高くして制作しています。ただ「特撮」を売り物にした展示の場合は、現場に合わせてあえて作っていない裏側を見せる場合もあります。
――須賀川アーカイブセンターには、実際に人が立って写真を撮る体験ができるミニチュアセットなどがありますよね。
三池 あれは2012年に東京都現代美術館で開催した「特撮博物館」の撮影スポットだった特撮スタジオが好評だったからです。特撮の技術に注目した展示は「特撮博物館」が大きな転換点になったのですが、撮影にどういう技があって、どんな人たちが作っていたかという、作り手側に着目した展示は初めてだったと思うんです。この催しが話題になって以降、特撮の展示、上映イベント、トークショー、講演会が凄く増え、日本中に特撮映画を応援してくれる人が増えました。それに「全国自主怪獣映画選手権」といって、田口清隆監督が主になって、日本中の若者みんなで怪獣映画を作ろう、みたいなムーブメントも生まれました。そういう形で、特撮が未来に繋がっていくと良いかなというのが、僕らの思いです。
――監督の話を伺ってると、先輩たちが作った特撮を、いろいろな形で残していくことと、それを次の世代に繋いでいくことの最前線に立ってらっしゃる感じがします。
三池 現在は、撮影現場の仕事が減っている分、そちらの仕事に力を入れられるという状況もあるんですけど、それが自分たちの世代の役割かなと思いますね。
――最後に、三池監督が、今後どのようなことをやっていきたいか、野望をお聞きしたいのですが。
三池 須賀川に、特撮アーカイブセンターの施設ができて、今後も撮影用ミニチュアや資料など、もっともっといろんな宝が出てきて収蔵されていくと思います。ところが、もう施設がいっぱいなんです。ですから、もっと拡大するか、また違う日本のどこかに同様の施設を作れたらいいと思いますね。一極集中は災害の時にリスクが大きいので、別の特撮研究施設はあるべきだろうと考えます。
それから、写真や文章だけでは技術の伝承は困難なので、年に一本でも短編映画を作る作業を通して人材育成ができれば、特撮の将来に繋がっていくかなと考えています。まさに須賀川市が進めている「すかがわ特撮塾」がその嚆矢(こうし)となっているわけですが、あとに続く自治体や組織が出てくるのが願いですね。
ATACの一員として特撮の普及啓発活動を続けていますが、ATACの力だけでは限界があります。これからも日本の特撮文化を残すために、皆さんのご理解ご協力をお願いします。
三池 敏夫(みいけ としお)
1961年5月26日、熊本県出身。1984年九州大学工学部卒業後、矢島信男特撮監督に師事。東映の戦隊シリーズ、メタルヒーロー、仮面ライダー等に携わったのち、1989年よりフリーで活躍。東宝のゴジラシリーズ、大映のガメラシリーズ、円谷プロのウルトラマンシリーズなどに特撮美術として参加。現在は特撮研究所に所属する。代表作:「ガメラ 大怪獣空中決戦」(1995)、「ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS」(2003)、「日本沈没」(2006)、「ウルトラマンサーガ」(2012)、「巨神兵東京に現わる」(2012)、「シン・ゴジラ」(2016)、「Fukushima50」(2020)、「シン・仮面ライダー」(2023)等。
2024.9.10 角川大映スタジオ レストラン にて
取材:ヤマモトカズヒロ/
構成・TEXT:幕田けい太
写真:諸星和明/映像:加藤祐仁/
プロデュース:岩澤尚子・緒方透子
特撮美術監督・三池敏夫のインタビューは映像でもご覧いただけます。
■三池敏夫監督と特撮美術の世界 前編
■三池敏夫監督と特撮美術の世界 中編
■三池敏夫監督と特撮美術の世界 後編