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長編アニメーション映画『Flow』レビュー

2024年アヌシー国際アニメーション映画祭で計4部門受賞し、第97回アカデミー賞では数々の話題作を抑え見事に長編アニメーション賞を受賞した『Flow』。水没した世界で生きる猫たちを描いた、異色のアニメーション映画をレビューする。

水没した世界で懸命に生きる猫と、私たちの物語

映画『Flow』
© Dream Well Studio, Sacrebleu Productions & Take Five.

この映画に登場するのは、擬人化された動物ではない。決して二本足で歩き回ったり、洋服を着せられたり、人間のようにしゃべったりはしない。猫はあくまで猫らしく、ニャアニャアとしか鳴かない。猫が生活する森のなかには、猫の彫像やスケッチがあちこちにあり、猫好きの人間が暮らしていたのだと思わせる痕跡が残っている。なぜ人間がいないのか。その理由はわからない。そして平和そうな森に突然押し寄せる大波。大洪水によって世界は水没し、そこから名もなき猫たちの冒険が始まる。
猫以外の主要なキャラクターは、犬とキツネザル、カピバラ、ヘビクイワシ。彼らもまた、動物らしい振る舞いしかしない。彼らは一艘の小さなボートに乗って水没した世界を流されるのだが、物語が進むにつれて、言葉を使わない動物の姿が、人間の姿に重なってくる。身勝手な振る舞いをする犬や、羽が傷つき仲間から見捨てられたヘビクイワシ、物をひろい集めることに執着するキツネザル、茫洋として何事にも動じないカピバラ。天災や人災に翻弄され、時にいがみ合い協力し合う彼らの姿は、自分たちの物語でもあるのだと思わせられる。

映画『Flow』
© Dream Well Studio, Sacrebleu Productions & Take Five.

この映画を監督したのは、北ヨーロッパ・バルト海東岸にあるラトビア共和国のギンツ・ジルバロディス。前作の『Away』(2019)は、奇妙で不可思議な物語と、美しいビジュアルが印象に残る作品だった。当時24歳だったジルバロディス監督が、ほぼひとりで作り上げた当該作は、2019年度のアヌシー国際アニメーション映画祭で、実験的・野心的な作品に与えられるコントルシャン賞を受賞した。
ジルバロディス監督が短編映画を作り始めたのは、高校時代。「自分ひとりで、自分のペースで、好きなように作れる」という理由から、アニメーション映画を作り始めたという。高校は、美術学科のある専門高校だったものの、基本的には独学で、YouTubeのチュートリアル動画を見て学び、同時に短編の実制作を行いながら映画作りを習得していった。大学には進まず、3DCGや実写、手描きアニメーションなど7本の短編映画を作り、映画祭などで徐々に評価を集め、『Away』で世界に注目される新進のアニメーション作家となった。
『Flow』は、ジルバロディス監督の長編第2作にあたり、前作同様、監督・脚本・音楽を自ら手掛けている。全編に渡って台詞が無く、舞台となる世界やキャラクターについても、ほぼ説明が無い。観る人が想像したり考察したりする余地を多く残しているところが、2作品の共通点だ。

映画『Flow』
© Dream Well Studio, Sacrebleu Productions & Take Five.

違いとしては、前作がほぼひとりで作られたのに対し、今作は50人ほどのスタッフと協力しながら制作された(といってもディズニーやピクサーの作品と比べると、ごくわずかなスタッフ数である)。
制作には、これまでヨーロッパのアニメーションを牽引してきたスタッフが参加。一例を挙げると、2015年にアヌシー国際アニメーション映画祭で観客賞を受賞した『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』でプロデュースを務めたロン・ディアンが、本作では脚色を担当。フランスのアニメーション作家、ミッシェル・オスロが2011年に監督した『夜のとばりの物語』でアニメートを担当したレオ・シリー=ペリシエが、本作ではアニメーション監督を務め、映画をより豊かなものにしている。

映画『Flow』
© Dream Well Studio, Sacrebleu Productions & Take Five.

本作は、2024年のアヌシー国際アニメーション映画祭で、審査員賞と観客賞など計4部門で受賞するなど、世界各国の映画祭で高い評価を得ている。また、2025年3月3日に発表された第97回アカデミー賞では、ピクサー・アニメーション・スタジオの『インサイド・ヘッド2』や、ドリームワークス・アニメーションの『野生の島のロズ』、アードマン・アニメーションズの『ウォレスとグルミット 仕返しなんてコワくない!』、鬼才アダム・エリオット監督作『かたつむりのメモワール』といういずれも甲乙つけがたい素晴らしい作品群を抑えて、見事に長編アニメーション賞を受賞した。

 

TEXT:齊藤睦志

 

映画『Flow』
© Dream Well Studio, Sacrebleu Productions & Take Five.

『Flow』

2025年3月14日公開

【スタッフ】
監督・脚本・音楽:ギンツ・ジルバロディス
音楽:リハルズ・ザリュペ
共同脚本・プロデューサー:マティス・カジャ
脚色:ロン・ディアン
サウンドデザイン:グルワル・コック=ガラス
アニメーション監督:レオ・シリー=ペリシエ

製作年:2024年
製作国:ラトビア、フランス、ベルギー
上映時間:85分
配給・宣伝:ファインフィルムズ

【ストーリー】
世界が大洪水に包まれ、今にも街が消えようとする中、ある一匹の猫は居場所を後に旅立つ事を決意する。流れて来たボートに乗り合わせた動物たちと、想像を超えた出来事や予期せぬ危機に襲われることに。しかし、彼らの中で少しずつ友情が芽生えはじめ、たくましくなっていく。彼らは運命を変える事が出来るのか?そして、この冒険の果てにあるものとは―?

公式サイト:Flow-movie.com
公式X:https://x.com/flow_movie0314
公式Instagram:https://www.instagram.com/finefilmsinfo/

【レビュワー】齊藤睦志(さいとう ちかし)

編集者、ライター、ディレクター。1966年秋田県生まれ。1989〜2003年、編集プロダクション・スタジオハードに在籍。2004〜2014年、スタジオジブリ出版部に在籍。2016年、株式会社クラフトワークスを設立。編集・執筆を手掛けた代表作に、『ジ・アート・オブ シン・ゴジラ』(2016、グラウンドワークス)、『宮﨑駿とジブリ美術館』(2021、岩波書店)、『ジ・アート・オブ君たちはどう生きるか』(2023、徳間書店)、『ディズニーアート展図録』(日本テレビ)、『大地の芸術祭2022 公式ガイドブック』(現代企画室)などがある。

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