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漫画表現の挑戦者・こうの史代の巡回展、首都圏で開催中! ~巡回3カ所目・佐倉市立美術館~

随所に仕掛けられたこうの史代の挑戦

こうの史代展を訪れる鑑賞者の多くは、滞在時間が2時間や3時間を超えるという。漫画原画500枚以上、挿絵やイラスト原画などを含めると650点以上となり、圧倒的なボリュームだから当然かもしれない。漫画原画に限っても短編作品であればその全体を、長編作品では1話分をすべて読めるように展示されている。知っている作品であれば、原画細部の描きこみも堪能でき、知らない作品でも、どんな作品かを知る手掛かりになるだろう。
原画をじっくり見ると、印刷された出版物ではわかりにくい「こうの史代の仕掛け」が浮き上がってくる。
例えば、画材と表現方法。物語の流れや、作品の意図によって挑戦的な選択をすることがある。『この世界の片隅に』においては、鳥の羽や口紅を使ったり、利き腕ではない左手で背景を描いたりしている。『平凡倶楽部』所収の漫画『団地探訪』では、ハンコ(三文判)を大量に押すことで絵を描きあげている。
こうの史代の作風は、柔らかくしなやかな顔つきが魅力だが、作中に様々な試みと、読者への挑戦ともとれる仕掛けとたくらみを数多く潜ませる漫画表現の挑戦者でもある。
会場には、プロの漫画家になってからも製作し頒布していた「自主制作本」も展示。原稿執筆はもちろん、印刷から製本まで自分で行って完成させた本もあれば、同人誌印刷で制作された本もある。また、こうの史代が手作りした告知ペーパー「のののーと」も多数展示されている。一般の出版ベースに乗らない、こうの史代の挑戦も見られる。
また『夕凪の街 桜の国』の「桜の国(一)」の「コンテ」も会場中央に展示。コンテは、定められたページ数で物語を表現するための設計図だが、その中身もさることながら、コンテが描かれた紙の裏側にも注目せざるをえない。コンテを描く際に使用しているのは、いわゆる「裏紙」であり、そこにはさまざまなものが描かれている。こういった紙の裏側も見られるような工夫がなされている展示がある。

佐倉市立美術館のみどころ

原画展そのものが魅力的なことはもちろんだが、佐倉市立美術館では、これまでの巡回2館にはなかったレアなポスター類の展示も加えられた。
実写映画『夕凪の街 桜の国』、アニメーション映画『この世界の片隅に』の公開時の宣材ポスターや、こうの史代自身の写真が使用された「放送大学」のポスターに加えて、こうの作品の初原画展が行われた「コミティア」での原画展告知の大判ポスターもあり。大サイズで、こうの史代の絵を楽しめる貴重なポスターだ。また、こうの史代が描いた呉市の観光ポスターも、昭和初期バージョンと現代バージョンの2枚が並べて掲出され、昭和バージョンに描かれているのは『この世界の片隅に』で主人公すずの夫となる周作と、その姉・径子の幼き日の姿だという。

こうの展は、すべての会場でこうの史代宛の手紙が書けるようになっていて、その手紙を投函するためのポストをオリジナルで作ることが約束事になっている。佐倉市立美術館では、作品に登場するインコの「ぴっぴらさん」をスタイロフォームから削り出して自作した。なお、ダルマのように、インコの目にスミを入れたのはこうの史代自身だ。

道路をはさんで隣接する複合施設「夢咲くら館」内の佐倉市立佐倉図書館も見逃せない。そこでは連携企画「図書館の中のこうのさん」が行われている。佐倉図書館の蔵書から、こうの史代がたずさわった書籍に加えて、こうの自身が読んできた本を選出して「夢咲くら館」1階に展示。さらに、本展監修者で小説家の福永信氏が解説を加えたリーフレットを制作し、展示スペースで無料配布している。

挑戦的な参加型企画も実施

独自のふたつの参加型企画も開催する。
ひとつが8月30日(土)に開催された「本のこどもたち」ワークショップ。これは、10名の参加者が、リレー形式で漫画を描くというもの。まずウォーミングアップとして1コマずつリレー形式で作業し、最初の2ページを完成させた。続いて、3チームにわかれて同時進行でひとり1ページずつ担当する。最後にストーリーをつなぐ2ページを、こうの史代と福永信(本展監修者)が描き、全14ページのリレー漫画が完成。参加者が連係することで物語を紡ぎ、1本の漫画を完成させる挑戦的なワークショップだ。こうの自身によってコマ割りされページに漫画を描くのも、参加者にとって貴重な経験だっただろう。できあがった作品は、参加者各自が本の形に仕上げ、会場で販売も行う。最終的に、こうの史代が、プロとして執筆活動を行いながら続けていた「自主制作本」作りをすべて体験することになる。

もうひとつが9月20日に開催される朗読会「こうのさんといっしょに漫画を朗読してみよう!」だ。こちらは、こうの作品を題材に、参加者がリレー形式で1セリフずつを朗読し、作品を読了するまで続けるというもの。漫画や読書は個人的な体験だが、声を出して読み、共有することで、新たな発見を狙うという。こちらも意欲的な挑戦だ。

会場ごとに光る魅力を堪能

【VECTOR magazine】は「こうの史代展」の3つの巡回先をすべて追ってきた。展示されている原画素材は、ほぼ同じものだが、その見せ方や関連企画の作り方など、それぞれの美術館の創意工夫で別の輝きを放つことを感じてきた。

 

現在開催中の佐倉市立美術館は、東京から約1時間30分で来訪可能。首都圏在住者には手近な場所だ。本展を未見の方はもちろん、金沢や福知山で鑑賞された方も、再度の観覧をおすすめする。佐倉市立美術館で本展が開催された意味、そしてこの美術館独自の魅力をいかに発揮するかに心血を注いだスタッフの矜持を、ぜひ会場で体感してほしい。

 

TEXT:ヤマモトカズヒロ

【展覧会情報】
漫画家生活30周年 こうの史代展
鳥がとび、ウサギもはねて、花ゆれて、走ってこけて、長い道のり

会場:佐倉市立美術館
   千葉県佐倉市新町210
   公式サイト:https://www.city.sakura.lg.jp/section/museum/
会期:2025年8月2日(土曜日)~10月2日(木)
休館日:8月4日(月)、12日(火)、18日(月)、25日(月)、9月1日(月)、8日(月)、16日(火)、22日(月)、29日(月)
開場時間:10:00〜18:00(入場は17時30分前まで)

佐倉市立美術館 漫画家生活30周年 こうの史代展 特設サイト:
https://www.city.sakura.lg.jp/section/museum/exhibition/2025/202508KounoFumiyo.html

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