ウルトラを作った女性たち 桜井浩子 × 田中敦子 対談
怒るほど真剣。真剣じゃないと怒らない
――印象に残っている監督やスタッフのエピソードをお聞かせください。
田中 すごく感激したのは「クモ男爵」のセットです。あの洋館のセットは、本当にすばらしかった。撮影の時、すぐそばに佐原さんがいたけれど「本編(映画)並みだな」とおどろいていました。美術監督の井上泰幸さん(註27)の原点を感じるセットで、ああすごいなって本当に思いました。

桜井 私が印象に残っているのは、実相寺昭雄監督(註28)。私は川島雄三監督(註29)とか、谷口千吉監督(註30)にかわいがっていただいたんですが、まったく違うタイプの人でしたから。むちゃぶりの演出で無理難題をいって「いひひひ」って笑ってるんで、「誰だ、こいつ!」と思いました。マジで嫌いでしたね(笑)。ただ、やっぱりできあがった作品は、ウルトラシュールでわからないのに、心を打つんです。
実相寺監督と脚本の佐々木守さんのコンビは、離れなかったですね。ノンフィクション『ジャミラよ朝は近い』なんて、現場では誰も本を読んだことがない。ところが、怪獣をそういう名前にしたら、実相寺監督だけは知っている。「あいつは本を読んでいたんだよ!」と、佐々木さんがおどろいていました。そういうところで、お互いに認め合う感じがカッコよかったんですよね。
――ウルトラマンを振り返っての感想をお聞かせください。
田中 当時は、どれほど真剣だったかということに気づけなかった。スタッフは、みんな若くて純粋さがあった。まだ世の中もものすごく貧しかった時代で、スタッフは誰もお風呂の付いているアパートに住んでいなかったと思います。だけど、そういう時代でも、作品作りに本当に真剣だった。それが、60年後まで作品の影響力が残っている大元じゃないかなと思いますね。
桜井 真剣度ですね。クリエイターの現場は真剣だと思うんですよ。どう真剣なのか。結局、その純度です。真剣度が80パーセントで、あとの20パーセントはタバコをふかしているとか、そういうのもあるじゃないですか。ウルトラの現場の人たちは、仕事に対して100あるいは120パーセントだったかもしれない。そこがあの『ウルトラQ』『ウルトラマン』が今日まで残った要因だと思います。それにプラスして、自分のやりたいことに対しての誠実度。監督も、小道具の人も、プロデューサーも、そういうところがみんな一律だったんじゃないかしら。
私自身は、先輩についていくので精一杯。必死になってついていったら、いまご褒美的にちょっと有名になって。長生きするもんだな、っていうところがあるんですけれど(笑)。
あとは、やっぱり特撮は遊ぶことじゃないですか。あるとき、私は特撮のスタッフたちが回る洗濯機に紙飛行機を入れてワイワイやっているのを見て、なにを遊んでるんだろう? と思ったんです。後でわかるのですが、それは「206便消滅す」(『ウルトラQ』26話)(註31)で、旅客機が四次元の渦に吸い込まれるシーンの実験をやっていたわけです。それまで、私はちょっとバカにしてたんですが、映像になったのを見て、この人たちはすごいなって、はじめて思ったんです。男の子たちが真剣だったんですよね。

田中 自分たちだけで作ってる感じが、特撮のスタッフにはありましたね。『ウルトラQ』で土台がある程度できたところに、東宝からきていたメンバーが『ウルトラマン』からいなくなって、そこへ若い佐川和夫さんや鈴木清さん(註32)、中野稔さん、高野宏一さん(註33)が入ってくるんですが、みんな気合いが入っている。
桜井 ある日、美術の成田さんが怒ってスタジオを出ていったの。もうだれも声をかけられない。怪獣の尻尾が長くて邪魔だから、会議の結果、途中で切られる(註34)ことになったんですよ。私は「真剣にデザインを描いてるんだから、尻尾が邪魔だっていわれたら怒るよね」っていったら、うーんって満田かずほ(正しくは禾(のぎへん)に斉)さん(註35)もうなってました。
そういうせめぎ合いみたいなところで、怒るほど真剣だったんです。真剣じゃないと怒らないもんね。
田中 いま考えると私たちが若かったからなんですが、もっとちゃんと周りの様子を見ておけばよかったと思います。本当にすごい人たちと仕事をしていたんですよ。若さゆえに、本当に気づけないんです。もっと深掘りしておけばよかったと思います。
語り継ぐことの大切さ
――田中さんの現在のお仕事についてお聞かせください。

田中 2026年は、東日本大震災から15年目です。被災した地域の地場産業が復興するのか、復興できるのか。できないのなら、どういう理由があるのかを、きちんと記録を取っておかないといけないと思い、記録映画を作っています。津波の翌月から2022年の3月11日まで撮り続けたんですが、15年目となる2026年は、どうなっているのか。
首都直下型地震や南海トラフ地震が取りざたされているので、なにかの機会に見ていただいて、防災や減災の役に立てていただきたい、と思っています。『東日本大震災に学ぶ~中小企業の防災と復興~』(註36)という作品と、長編で『メディアが伝えなかった復興物語~水産加工業10年の軌跡~』(註37)という作品があります。復興の過程で、どういうことが起こるのか。日本中の中小企業の方に、ぜひ見ていただきたいと思っています。
――桜井さんのお仕事について教えてください。

桜井 ウルトラにかかわってきた、たくさんの監督が亡くなったので、この立場にいる私がウルトラの初期の話を語り継ごうと思っています。当時のアナログの特撮を知らない若い人がすごく多いので、これが歴史の記録になると思います。
その第1弾の書籍は、『『ウルトラQ』『ウルトラマン』全67話撮影秘話 ヒロインの記憶』(註38)というタイトルで『ウルトラQ』から『ウルトラマン』まで、自分が知っている現場の裏側をしゃべらせていただきました。第2弾は『ヒロインの追憶 ウルトラの絆』(註39)という題名で、「ウルトラマン前夜祭 ウルトラマン誕生」から『Ultraman: Rising』までの円谷作品15作40話を題材にしています。
さらに、現在に至るまでの昭和の特撮についてや、当時の歴史につながるだろうかなっていう話を、あとふたつぐらい残しておきたいので、それを終えたら人生終わろうかなって(笑)。もし人生が終わらなかったら、次に自分のことをしようかなと思っています。
註釈
- 註27 井上泰幸(1922〜2012)
特撮美術監督。終戦後、家具製作を学び、その後、日大芸術学部美術科に入学。1952年、新東宝の美術スタッフとして映画界入り。1954年、『ゴジラ』で特殊美術の助手をつとめ、そのまま東宝撮影所に入社。多くの東宝特撮映画を手掛けた。 - 註28 実相寺昭雄(1937〜2006)
映画監督、脚本家。1959年、外務省を経て、ラジオ東京(KRT・現TBS)に入社し、テレビディレクターに。1966年、円谷プロに出向し、『ウルトラマン』『ウルトラセブン』に参加。『ウルトラマン』第15話「真珠貝防衛指令」などを演出。 - 註29 川島雄三(1918〜1963)
映画監督。1944年『還って来た男』で監督デビュー。松竹、日活、東宝の各社で映画を監督。『青べか物語』(1962)に、桜井浩子が出演した。 - 註30 谷口千吉(1912〜2007)
映画監督。1947年、三船敏郎の俳優デビュー作、山岳アクション映画『銀嶺の果て』で監督デビュー。『紅の海』(1961)には、デビュー間もない桜井浩子が出演した。 - 註31 「206便消滅す」(『ウルトラQ』26話)
1966年6月26日放送。超音速旅客機206便が飛行中、四次元空間に迷い込んでしまう。そこは行方不明になった航空機の墓場だった。脚本:千束北男、監督:満田かずほ。 - 註32 鈴木清(1942〜)
特撮監督、プロデューサー。東宝の特撮班撮影部でアルバイトを経験し、1964年に円谷特技プロダクションに入社。『Q』では本編班と特撮班の撮影助手をつとめている。 - 註33 高野宏一(1935〜2008)
特撮監督、ディレクター。円谷特技プロダクション設立時に円谷英二に声をかけられ、撮影技師として入社。『ウルトラQ』では特撮カメラマンをつとめ、『ウルトラマン』で特技監督デビューをはたす。 - 註34 途中で切られる
『ウルトラマン』第26話「怪獣殿下(前篇)」、第27話「怪獣殿下(後篇)」のエピソード。古代怪獣ゴモラが日本に輸送されるが、途中で逃げ出す。ウルトラマンと戦った際に、長大な尻尾を切断される。 - 註35 満田かずほ(正しくは禾(のぎへん)に斉)
(1937〜)
ディレクター、映画監督、プロデューサー。円谷一の意向を受けて、1964年に円谷特技プロダクションに入社。『ウルトラQ』第21話「宇宙指令M774」で監督デビュー。 - 註36 『東日本大震災に学ぶ~中小企業の防災と復興~』
東日本大震災で被災した水産加工業の10年間の復興記録映像から、他業種の中小企業と共通する「防災」箇所を取り上げ、事例を通して防災を学ぶドキュメンタリー作品。
企画・演出・プロデューサー:田中敦子、ロケディレクター:川上隆、製作・著作:有限会社SORA1。 - 註37 『メディアが伝えなかった復興物語~水産加工業10年の軌跡~』
東日本大震災で甚大な被害をこうむった水産加工業の経営者たちが、どのように再建・復興に立ち向かったのかを記録。震災翌月から2022年3月11日まで、10年間にわたり記録したドキュメンタリー作品。
企画・演出・プロデューサー:田中敦子、ロケディレクター:川上隆、製作・著作 有限会社SORA1。 - 註38
『ウルトラQ』『ウルトラマン』全67作撮影秘話──ヒロインの記憶
空想特撮シリーズ最初のヒロインを演じた桜井浩子が、『ウルトラQ』『ウルトラマン』全作品の撮影エピソードをはじめて語る証言記録。著:桜井浩子、青山通、出版社:アルテスパブリッシング。 - 註39 ヒロインの追憶 ウルトラの絆
桜井浩子が出演した「ウルトラマン前夜祭 ウルトラマン誕生」から『Ultraman: Rising』までの円谷作品15作40話の思い出を自らつづるメモワール。著:桜井浩子、出版社:立東舎。
桜井 浩子(さくらい ひろこ)
女優。1961年東宝入社。『ウルトラQ』、『ウルトラマン』等の作品に出演。現在は円谷プロダクションのコーディネーターも務める。著書に「ウルトラマン青春記 ~フジ隊員の929日~」、「桜道 -『ウルトラマン』フジアキコからコーディネーターへ」、「『ウルトラQ』『ウルトラマン』全67作撮影秘話──ヒロインの記憶」、「ヒロインの追憶 ウルトラの絆」などがある。
田中 敦子(たなか あつこ)
スクリプター。1964年、円谷プロ創設時にスタッフとして参加。以後、『ウルトラQ』、『ウルトラマン』、『ウルトラセブン』、『快獣ブースカ』等の作品に参加。60年以上にわたり、テレビ番組の制作やCMプランニング、コピーライターとして活躍。現在は、有限会社SORA1(ソラワン)代表・プロデューサーとして震災復興記録映像の記録・検証に取り組んでいる。
『ウルトラQ』『ウルトラマン』は、”ウルトラ”サブスク≪TSUBURAYA IMAGINATION≫で、ご覧になれます。
【TSUBURAYA IMAGINATION(ツブイマ)とは】
円谷プロの作品や世界観を楽しんでいただくためのデジタルプラットフォームです。空想特撮シリーズをはじめとした映像作品やオリジナル作品など、いつでもどこでもお楽しみいただけます。さらに、円谷プロならではのライブ配信や会員限定イベントご招待・チケット先行販売などの体験でイマジネイティブな毎日をあなたにお届けします。
TSUBURAYA IMAGINATION – ウルトラサブスク:https://imagination.m-78.jp/
VECTOR youtubeでも動画版インタビュー(前後編)を公開中!
■女優・桜井浩子 × スクリプター・田中敦子 対談 前編
■女優・桜井浩子 × スクリプター・田中敦子 対談 後編
2025.9.16 NOAH STUDIO 都立大2号店 にて
■取材:幕田けいた、ヤマモトカズヒロ/
構成・TEXT:幕田けいた
写真:諸星和明/映像:加藤祐仁/
プロデュース:岩澤尚子・緒方透子
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