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ウルトラを作った女性たち 桜井浩子 × 田中敦子 対談

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初期ウルトラに集まったスタッフ

『ウルトラQ』を制作する円谷特技プロダクションに集結したスタッフの陣容は、まさに混成部隊だった。東宝の特撮映画を作ってきたスタッフ、そのほかの映画会社からはせ参じたベテラン、TBSでドラマを撮ってきた若手演出陣、そして作品制作のために集まった新人が一堂に会したのだ。

 

まず東宝からは、監督陣が出向した。監督の梶田興治は、東宝で本多猪四郎のチーフ助監督を長くつとめていた。野長瀬三摩地は、東宝でTVドラマ演出を手掛け、以前は黒澤明のチーフ助監督をつとめていた。
撮影初期に美術を担当した井上泰幸も東宝組。数多くの東宝特撮映画を手がけてきたベテラン美術監督だ。
そのほかの映画会社出身者は、特撮監督の川上景司が松竹から、的場徹は大映から参加。いずれも、円谷英二の指名で招集された。『ウルトラQ』が怪獣路線に転向してから怪獣デザインなどを担当した成田亨は、東映で活躍していた気鋭の特撮美術監督だった。
TBSからも多くの出向者があった。メイン監督・円谷一は、TBS映画部から出向した芸術祭文部大臣賞受賞ディレクター。『ウルトラQ』で監督デビューした満田かずほは、一の後輩ディレクターだ。中川晴之介も芸術祭奨励賞受賞ディレクター、飯島敏宏は1957年に演出デビューした若手ディレクターの有望株、実相寺昭雄は『ウルトラQ』から参加したディレクターだが、実際に演出に携わったのは『ウルトラマン』から。いずれも気鋭揃いの面々である。
英二周辺のベテランスタッフと、一の同世代若手演出家が軸となり、そこにルーキーの佐川和夫、中野稔、鈴木清といった特撮班の若手、そして成田亨が率いるアルバイトの美術大の学生が、特撮セットの制作に加わり『ウルトラQ』はできあがっていった。

 

年齢や世代は違うが、特撮ドラマという新たなジャンルを開拓しようとする円谷プロの面々の熱量は大きかった。後に、東宝出向メンバーの帰任によりスタッフの平均年齢は下がったが、円谷プロが確立した制作ノウハウと熱量はそのままに、多くの作品が作られていくのである。

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Writer

幕田けいた

幕田けいた (まくたけいた)

宮城県出身。SFホラーや特撮系映画が得意ジャンルのフリーライター。ジャンク・カルチャー研究家。ネッシー好き、妖怪好き、恐竜も好き。日本ジュール・ヴェルヌ研究会会員。
著書に『ウルトラマンをつくったひとたち』(共著/偕成社)、『ジュール・ヴェルヌが描いた横浜: 「八十日間世界一周」の世界』(共著/慶應義塾大学教養研究センター)

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