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配信があろうが、シネコンがあろうが、 私たちには今こそ「名画座」が必要だ。

みなさんは「名画座」をご存知だろうか? 最新作を上映するのではなく、すでに一度上映の終わった評判の作品や旧作を、少し安い料金で鑑賞できる映画館だ。かつては日本全国に山のようにあった「名画座」も、映画の鑑賞環境が激変した現在では随分と淘汰されてしまったものの、逆にコアな映画ファンの集いの場所として、各地に力強く存在している。そしてコロナ禍で規制されていた状況がようやく緩和されつつある今、再び羽ばたこうとしている。東京ではこの4月、老舗・名画座の「新文芸坐」がリニューアル・オープンを果たした。配信では得られない、新しいリアルな映画体験の場所へ……名画座の逆襲が始まった!

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「名画座」は今

本特集のリード文では、あえて名画座のことを「最新作を上映するのではなく、すでに一度上映の終わった評判の作品や旧作を、少し安い料金で鑑賞できる映画館」と記した。しかし、この紹介文には違和感を覚える読者も多かったかもしれない。そう、名画座全盛期の名画座といえば、「旧作名画を2本立てで上映する」映画館というのがスタンダードだったからである。
だが「名画座」も時代に合ったスタイルに変容してきた。
まだビデオがなかった時代、その館ならではのチョイスで、ジャンル別やテーマで括られた2本立て、あるいは監督特集などが数週間にわたって連続上映され、ロードショーは高額だから沢山は観られない!という多くの映画ファン、気に入った作品をもう一度観たいという映画ファン……の受け皿となり、名画座こそはまさに「観て学べる“映画の学校”」だった。名画座をハシゴして多くの映画を浴びるように観て、特定の作家(監督)や役者のファンになった人も実際多くいるだろう。だがやがて、レンタルビデオ店が流行り、徐々にソフトが高画質化し、自宅のモニターが大型化すると、その役割の多くは自宅での鑑賞に取って代わられ、小規模経営の名画座は徐々に淘汰されていった。特に2000年代に入り、大手チェーン経営のシネコンが(十分ではないが)全国に行き渡ると、地方の興行会社や個人経営の映画館数はさらに減ってしまう。
ここ4~5年、地方においては、シネコンにブッキングされなかったミニシアター作品をかける劇場さえ少なく、そうした劇場が、経営者の努力でミニシアターに名画座的なプログラムも組み入れることで「ミニシアター兼名画座」として、維持されている例が多い。だがこれらの映画館は、小規模経営ゆえの強みを活かし、1館1館がそれぞれ強い個性を打ち出し、その地域に根ざした映画ファン団体やNPO法人、学生サークルと組んでプログラムを組んだり、時には映画人を招いてのトークイベントや映画講座を行うなど、全国規模のシネコンにはできない機動力を発揮して、一段と光り輝いている。映画館のなかった街に新たに「ミニシアター兼名画座」を作ろうといった例も各地で生まれている。
一方、東京ではまだ10館近い名画座があって、邦画旧作発掘を追求し続けている館、2本立てに独自のセンスを見せて勝負している館、月に1~2の割合で大型特集を組みシネフィルを唸らせている館、ミニシアター作品の掘り起こしフォローなどで人気の館など、強い個性を打ち出して鎬を削っており、そのプログラムの組み方は年々エッジの効いたものになってきている。 そう、かつてよりぐっと館数こそ減ったものの、地方でも東京でも「名画座」は、よりオリジナリティを発揮して先鋭化した「観て学べる“映画の学校”」であり続けている。今風に言うならば「名画座こそは映画のコンシェルジュのいる劇場」と言っても過言ではないだろう。

ところが2020年春からのコロナ禍による緊急事態宣言。全国の映画館はイベントホールや劇場同様、自治体からたびたび休業や時短営業を要請されるという前代未聞の事態に見舞われた。補償はけっして十分とは言えず、その苦境は、大型のシネコンであれ、ミニシアターであれ、名画座であれ、同じ状況であったと思うが、特に名画座の今後が気がかりだった。幸いにしてこの2年間、名画座も徹底した感染防止策を講じてほぼ営業を継続できていることはご承知の通りである。営業努力の一環として、上映作品を増やし、より幅広い層を取り込もうと、朝夕の1本立て上映枠を追加する館も増えてきた。
そんな中、コロナ禍がまだ収束したとは言えなかった2021年末に飛び込んできた老舗名画座「新文芸坐」のリニューアルのニュースは、再び名画座がその勢いを盛り返そうとする機運を感じさせるニュースだった。そして2022年6月、ようやく、映画興行も本格的に立ち直りを感じさせるこの機に全国の名画座館の「今」をお訊きしてみたいという強い思いに駆られた。
そういう訳で今号では、絶対に維持したい文化的財産として「名画座」をテーマにすることとした。

これからは「配信の時代」だという声もある。だが世の中には把握しきれない数の映画作品があり、それらの全貌を見極めることはもとより困難極まりない。今やそれらをネットで検索したり、追いかけていくことができる時代にはなった。しかしサブスクリプションやペイパー・ビューといった配信に流れている作品は、すべてを合わせても映画全体のごく一部でしかなく、しかもそれらは各コンテンツ・プラットフォームにより動画配信数を競う観点で選ばれた作品群である。ネットの時代だからこそ、多くの情報に接することができるはずなのに、映画の選択を配信のリスト内のみに委ねてしまっては、みすみすまだ見知らぬ良作に出会う機会を逃しているようなものではないだろうか?
対して各「名画座」のスタッフが考え抜いたプログラムの多様さ、意外性といったらどうだろうか!
そこにはまだ観ぬ映画体験の出会いの可能性が秘められている。
だからこそ今、私たちには「名画座」が必要だ!と強調して、この特集をお送りしたい。

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