Feature

Jan. 2022

デジタルリマスターと映像アーカイブの可能性

近年、名作映画のデジタルリマスター化が盛んだ。上映ばかりでなく、BSやCSなどの放映においても画と音がリマスターされ、美しくなった旧作を味わうことができる。
そして今回、特撮ファンを狂喜させているのが、「午前十時の映画祭 11」における『モスラ 4Kデジタルリマスター版』上映(12月10日〜)である。今号では、まずChapter1として、この4Kリマスター作業を統括した東京現像所の清水俊文氏に作業の詳細を取材するとともに、Chapter2では国立映画アーカイブ研究員の三浦和己氏も交えて、真正なリマスターとは?といった点を中心に、デジタル技術が映像アーカイブにもたらす可能性と問題についても触れていただく。

INDEX

Chapter1 『モスラ』4K修復大作戦 !!

今年の「午前十時の映画祭11 デジタルで蘇る永遠の名作」の目玉企画の一つが、東宝特撮映画の傑作『モスラ』(本多猪四郎監督、1961)の4Kデジタルリマスター版上映である。しかし本作、すでにオリジナルネガはボロボロ、しかもオリジナルネガとマスターポジの尺が違うなど、修復には様々な未解決の謎が待ち受けていた。さらには初公開当時(1961年7月30日公開)に全国で主要11館でしか上映されなかった4チャンネル多元磁気立体音響版上映時の再現のために、関係者は福島にまで調査に向かうことになったのだった……。『モスラ』4Kリマスター作業の内容を詳報する。

“1961年初公開当時のままの『モスラ』を届けるために”
東京現像所:清水俊文氏インタビュー

東宝特撮映画 リマスターの歴史

『モスラ』初公開当時のポスター © TOHO CO., LTD『モスラ』初公開当時のポスター © TOHO CO., LTD

――東京現像所さんでは、東宝特撮映画のリマスターをこれまでもことあるごとに進められてきました。どういう道のりをたどって今日に至っているのでしょうか。

清水 まず2014年にレジェンダリー・ピクチャーズ製作の『GODZILLA ゴジラ』(ギャレス・エドワーズ監督、2014)を盛りあげる形で1作目の『ゴジラ』(本多猪四郎監督、1954)のデジタルリマスター版がはじめて作られたんです。ちょうどゴジラ誕生60周年でもありました。2013年から作業を開始して完成したのが2014年。約半年かかったのですが、これが初の東宝特撮映画のデジタルリマスター版ということになります。ただ、この時期はまだ4Kの世界が成熟していなくて出しどころもないということで2Kでリマスターしようという話になったんです。でもせっかくスキャンをするなら、スキャニングだけでも4Kでやっておこうと。ですからこの時は、スキャニングだけ4Kで行い、そのあとの作業は2Kでやっています。
次が2016年、ちょうどBSで4Kの試験放送がはじまって、日本映画専門チャンネルも番組を提供することになったんですね。ちょうどこのタイミングで『キングコング対ゴジラ』(本多猪四郎監督、1962)のバラバラになっていた素材が全て見つかったということもあったので、じゃあ、いいチャンスだということで『キングコング対ゴジラ』をスキャニングも4K、作業も4K、放送も4Kという、はじめてのオール4K作業という形で行いました。
実はそのあとはしばらく特撮映画のデジタルリマスターはなく、黒澤明作品を中心に、『西鶴一代女』(溝口健二監督、1952/国際交流基金)、『浮雲』(成瀬巳喜男監督、1955/「午前十時の映画祭」)、『日本のいちばん長い日』(岡本喜八監督、1967/「午前十時の映画祭」)などの4Kデジタルリマスターを行ってきました。ようやく今年、日本映画専門チャンネルで4Kゴジラシリーズ8作品を放送、という形になりましたので、ここで一気に4K作業が増えたというところですね。と同時に、今回「午前十時の映画祭」で『モスラ』(本多猪四郎監督、1961)が選ばれ、さらに『日本沈没』(森谷司郎監督、1973)も日本映画専門チャンネルで放送が決まったので、それも同時に作業するということで、デジタルリマスターの需要が一気に高まった感じです。

――今年、日本映画専門チャンネルで放送した8本について、もう少し詳細を教えてください。

清水俊文氏清水俊文氏

清水 作品でいうと、先に挙げた『ゴジラ』と『キングコング対ゴジラ』に、『モスラ対ゴジラ』(本多猪四郎監督、1964)、『三大怪獣 地球最大の決戦』(本多猪四郎監督、1964)、『怪獣大戦争』(本多猪四郎監督、1965)、『怪獣総進撃』(本多猪四郎監督、1968)、ここまでが本多猪四郎監督作品です。で、ちょっと飛んで『ゴジラ対へドラ』(坂野義光監督、1971)と『ゴジラVSビオランテ』(大森一樹監督、1989)ですね。ビオランテは平成シリーズなんですが、これを1本入れておくことによってファンが平成シリーズもやってくれたから次もあるかもしれない、という期待感を持ってほしいと思って入れました。実は以前に完成させた2本も作業をし直しているんです。『ゴジラ』は先ほども説明しました通り、前回スキャニングは4Kでしてあったんですが、その後の作業は2Kだったので、今回そのあとの作業をイチから全部やり直しました(笑)。これは仕方がない。逆にいまやってこその機材の進化もあるので、その点ではよかったかなと思っています。また『キングコング対ゴジラ』は2016年の作業時は過去のソフトの編集を元に復元したのですが、その後の調査で編集上のカット順が間違っていたことがわかったんです。今回それを復元して直しています。2019年にHD放送で再放送するときにも直したのですが、今回は4K放送なので、もう1回4Kからやり直す必要があり、色合いも調整して作業しました。

――東宝がYouTubeの「ゴジラ(東宝特撮)チャンネル」にアップしている今回のリマスターのメイキング映像「『モスラ』4K復活プロジェクト 〜デジタルリマスター作業完全密着〜」(21分、2022年1月6日までの限定公開/以下、メイキングと略す)を面白く拝見しました。清水さんの役職「4Kリマスター統括」とは、リマスター作業において、どのようなお仕事なのでしょうか。

清水 全体的な完成までの責任を持つというマネジメント的な役割なのかなと思います。具体的にいいますと、日本映画専門チャンネルの場合でしたら、例えば「特撮枠をやりたいんですが」という話が局側や東宝からあったときに、この作品はどうですかという提案もさせていただき、それが決まったところで予算を決める。一概に「リマスター」といっても予算と与えられた作業時間はそれぞれのプロジェクトで差があり、常に十分というわけではありません。ですから、予算が決まったら、その枠の中で最も効果的なリマスターの方向性を考え、作品ごとにコンセプトを決めています。そのコンセプトは全スタッフにいう場合もありますし、一部のスタッフだけにいう、あるいは自分の中だけで持っておく場合もあるんですが、毎回違うコンセプトを作品ごとに決めてやっているんですよ。例えば2014年の『ゴジラ』なんかは傷消しですね。ボロボロのフィルムを傷消ししてピカピカにするというのがコンセプトでしたし、2016年の『キングコング対ゴジラ』では散逸していた異なる素材をつないだので、そのつなぎ目をバレないようにしようというのがコンセプトでした。そんなふうに毎回コンセプトを決めて、そのテーマに向かって時間のある限りとことん突きつめていく。自分とは別にもうひとり、『モスラ』のメイキングにも登場した小森というコーディネーターがおりまして、細かい現場のことは彼に任せているんです。ですから何か疑問点があるときは小森から報告があって、幸いなことに(?)自分が特撮オタクでその辺の知識は頭に詰まっていますので、作業のヒントになることはこちらからサポートする、という形です。あとはクオリティチェックですね。そういったところを確認して完成まで導いていく、という仕事でしょうか。

――さて、今回「午前十時の映画祭」上映作品として『モスラ』が選ばれた経緯を教えてください?

清水 選定の最終経緯は、映画祭選定委員のみなさんが決められたことなのですが、前からぜひ『モスラ』をやってほしいと、投げかけてはいたんです。その理由としては、以前に東宝でニュープリントを焼きたいという話が出たんですが、プリンターにかけてプリントを作ろうとすると「ネガが切れちゃうので使えません」と戻されてきたくらい、もうオリジナルネガがボロボロ状態。ですからいまのうちに何とかデジタル化して救い出さなければいけない、という思いがあったんです。なんといっても東宝特撮を代表する名作の一本ですからね。
それと『モスラ』のプリントをめぐっては長年にわたる“謎”がいくつもありましてね。作業をしていく上でその謎を解き明かして、完全版といわれるものを作りたい、というのが今回のコンセプトでした(笑)。

デジタルリマスターの作業過程

左が音ネガ。右が映像のネガ。「『モスラ』4K復活プロジェクト 〜デジタルリマスター作業完全密着〜」より。© TOHO CO., LTD左が音ネガ。右が映像のネガ。「『モスラ』4K復活プロジェクト 〜デジタルリマスター作業完全密着〜」より。© TOHO CO., LTD

――その謎の解明については、のちほど詳しくご説明をお願いするとして、まずはデジタルリマスター作業の一連の流れを解説していただけますか?

清水 デジタルリマスターといわれる作品が、どのように作られているかというと、まずはその作品のフィルムの原版と言われるネガを全部出庫してもらうんですね、倉庫から運び出してきてもらう。オリジナルネガ(1)の画と音があれば完成するんですが、オリジナルネガがちゃんと全部揃っているものかどうかを検証しなければいけないので、他の素材も全部出します。並べてみて、実はコマが足りない、もしくは尺がマスターポジ(2)とオリジナルネガで全然違う、ということが出てくるので突き合わせ、確認して、ここのコマが欠けている、というところを丁寧に見つけていく。これを「原版チェック」といいます。コマが欠けていた場合、その部分を復元していくことになります。

――メイキングでは、『モスラ』は39コマ欠けていたということでした。

清水 比較的少なかったですね。『キングコング対ゴジラ』のときは1カ所で12コマ欠けていて、もうそこは画がないので、デジタル上で12コマ作らなければならなかったんです。そして自然なつなぎになるように溶けこませる。
次にどのフィルムをベースにしてリマスターをするかという選定をします。そして選定したフィルムをスキャニングにかけます。ただし、今回の『モスラ』では例外的にオリジナルネガとマスターポジの2本を全編スキャンしました。その理由はあとでご説明します。
スキャニングに関しては、いま東京現像所にはスキャナーが4種類あります。スキャナーは機種ごとに得手不得手がありまして、ものすごく高画質だけどゆっくりしかとれないスキャナーとか、傷んだフィルムが得意なスキャナーとか、揺れ止めに強いスキャナーとか、いろいろなんです。ですから、どのスキャナーで行うかというのを選定して、スキャニングをします。『モスラ』の場合は「スキャニティ(SCANITY)」というスキャナーでスキャンしています。次に音のスキャンをします。「ソンダー・レゾナンス(SONDOR RESONANCES)」という機械でスキャニングしたんですが、これはいま日本に2台ぐらいしかないスキャナーで、ネガから音がとれる。普通はネガから音は取れないものなので、ネガから音が取れるのは特殊なスキャナーなんです。一番オリジナルな素材であるネガから音が取れれば音質がいいかと思われるんですが、実は音ネガはプリントに焼いて再生したときに適正な音になるように作られているんです。だから、音ネガからは音の情報量を多く取ることはできても適正な音ではないのです。このソンダーというのは音ネガから直接、プリントからのような音に補正できるスキャナーというのが特徴的なところです。

  • SCANITYSCANITY
  • SONDER RESONANCESSONDER RESONANCES

――本来聞かせる音の一工程前の素材から音を取る。その一工程加えた部分と同じ変換を機械上でやっている、ということですか。

清水 まさにそうです。通常は焼いたポジプリントから音を取るのが適正な音なのですが、ポジは1回コピーを重ねているのでネガより情報量は落ちます。それがポジより音の情報量を保ちつつ、ちゃんと変換できて、適正な音質にできるというのがソンダーなんです。さらにこのスキャナーはブツブツノイズ、傷などがついているところを、スキャニングしてから消してくれる、という機能があるんです。今回、全部ソンダーでこの作業をしました。ところが……せっかく作業したのに最終的には使わなかったんですよ(笑)。というのは、フィルムに残っている音ネガというのはモノラルなんですが、『モスラ』は公開当時<4チャンネル多元磁気立体音響(3)>というステレオ音響を本格採用した最初の作品で、そのステレオ音源(シネテープ)が使える目処が立ったんです。シネテープそのものはもう傷んで使えない状態だったのですが、実は1990年代から2000年代の初頭にかけて東宝スタジオで、そのころシネテープがすでに劣化して使えなくなりそうだったので、事前にデジタル化するというアーカイブ事業が行われていたんです。今回、そのとき取られた音から作業している、という形になります。

――シネテープをデジタル化したデータが存在した、と。

清水 はい。これでスキャニングの画と音が完成すると、素材ができあがりますので、レストアのスタッフに画を渡して傷消しをしてもらうんですが、スキャニングされたばかりのデータって画としては非常にコントラストのない画なんです。コントラストをつけるとハイライトの情報や暗部の情報が無くなってしまいますので、少しやわらかい画でスキャニングされてるんですよ。それを一回変換して、レストアしやすいデータにして渡してあげる、というプレグレーディングと呼ばれる作業を行います。それを行ってからレストア作業に入る。レストアはメイキングを観てもお判りいただけると思うんですが、傷をひたすら消す。傷だけではなく揺れも止める。ただ、この揺れも完全に止めるといかにもデジタル的に見えるので、わずかに「揺れ」を残しています。これが匙加減なんです。フィルムっぽさを残すために少しだけ「揺れ」を残す。さらに画のゆがみも直します。
レストアが完成すると。もう一回グレーディングルームに戻ってきて、本格的な色調整をする、という形になります。このとき拠りどころにするのが、タイミングデータといって、最初にフィルムを焼いたときにこのカットはこういう色合いにしようとワンカットごとに補正をかけた記録データです。それを充てて、さらにフィルムの劣化具合から補正をかけて完成させる、という形ですね。(図1)

「モスラ」デジタルリマスターの流れ
  • 原版チェック 以下6点は「『モスラ』4K復活プロジェクト 〜デジタルリマスター作業完全密着〜」より。©️TOHO CO.,LTD原版チェック 以下6点は「『モスラ』4K復活プロジェクト 〜デジタルリマスター作業完全密着〜」より。©️TOHO CO.,LTD
  • 映像スキャニング作業中の三木氏映像スキャニング作業中の三木氏
  • 音声スキャニング作業中の山地氏音声スキャニング作業中の山地氏
  • レストア作業中の加藤氏レストア作業中の加藤氏
  • 整音作業中の森本氏整音作業中の森本氏
  • グレーディング作業中の山下氏グレーディング作業中の山下氏

――近年、このタイミングデータの重要性があちらこちらで語られています。デジタル素材で初公開当時のフィルムでの色合いを正確に再現することは難しい。タイミングデータが大きな手がかりである、と。

清水 タイミングデータはリマスターに必須です。できればさらにリマスター監修者として、制作に携わった監督やキャメラマン立合いのもとに作業できればベストです。そうすれば、当時もうちょっとこのカットは明るかった、暗かったというようなことをアドバイスしてもらえますからね。ただ、『モスラ』はそういった方々の監修が不可能だったため、タイミングデータを拠りどころに我々の過去の経験をもとに作業していきました。もともとグレーダーは、デジタルリマスターを担当する前はTVの放送用マスターを何百本も作っています。そのときにプリントを焼いてテレシネをしていますので、だいたいその当時の色はこういう色だったというのはからだに染みついてるんです。それに自分が東宝特撮のトーンなど、ややオタク的な知識の部分でアドバイスもしまして、最終的に本編の色を整えていきます。

『モスラ』のフィルムをめぐる“謎”の数々

――では、いよいよ今回の『モスラ 4Kデジタルリマスター版』について、詳細にお話を伺えればと思います。先ほど、今回は例外的にオリジナルネガとマスターポジの両方をスキャニングしたとのことでしたが、これはどういう経緯だったのですか?

清水 すでに触れたように、『モスラ』のフィルムをめぐっては、ある意味伝説化している“謎”がたくさんあったんです。じゃあ両方を徹底的に比較して、それらをこのチャンスにきちんと解明しようということで、それぞれをスキャニングしてモニター上で比較していきました。
この“謎”はメイキングでもいくつか取り上げたのですが、メイキングでは割愛してしまったものを先に説明しますと、まず一つ目は、『モスラ』はオープニングのタイトルが変にカットつなぎで編集されたようになってるんです。ちょっと異色なのでファンの間でも話題になっており、昔観たときはちゃんとオーバーラップでキレイに繋がっていたと証言する方もいらっしゃいました。こうなると正しいのはどれだというのを検証していかなければならない。二つ目は、モスラの羽化シーンで、実は音楽が違うバージョンがありまして。繭から羽化したところで二回目に発売されたレーザーディスクのステレオ版だけ別の音楽が入ってるんです。最初に出たモノラル版では違う音楽だったんですが、ステレオ版になって音楽が変わっていて、それはなぜなのか。しかも後発のDVDになると、ステレオ版でもモノラル版と同じ音楽に戻っていたんです。あのときのレーザーディスクのステレオ版の音楽は何だったんだ、という謎がありまして。それを解き明かさなければいけない。

――オリジナルの上映を目指すためには、2つとも解決しなければならない問題ですね。

清水 オープニングに関しては、結局カットつなぎが正しいものだったということになりました。他にもいろいろな素材を捜索したんですが、オーバーラップで繋がっているバージョンは全く見つからなかったんです。『モスラ』は最初に編集したときに2時間ぐらいの長尺になって、当時の二本立の上映には長すぎるということで縮めたらしいんです。そのときにおそらくオープニングタイトルも編集されたのではないかと推察されるんですが、今回「マスターポジ」として残っているものはちゃんとカットつなぎになっていたんです。このマスターボジは1960年製で、ロール変わりの黒丸もない、つまりは量産前にコピーされているものなので、世の中に出回っているのはおそらくカットつなぎで間違いないであろうと。ただし、ひょっとするとロングバージョンみたいな編集途中のバージョンが1本だけ出回ってしまったという可能性もゼロではないんですけどね(笑)。通常観ることができる『モスラ』に関しては、カットつなぎが正しいものである、と結論づけました。
もうひとつのレーザーディスク版だけ音楽が違う件も、その版の元素材が一切見つからなかった。ではなぜそうなったのか? 解き明かしていくと、磁気4チャンネルのステレオ版ではモスラが羽化するところで効果音のボリュームがすごく大きくなって、古関裕而さんの音楽がかき消されてほとんど聞こえなくなるんです。モノラル版はダビングが違うのでちゃんと聞こえているんですが、ステレオ版になると音楽はほとんど聞こえない。ですからおそらくレーザーディスクを作るときに、これはマズイということで別の音楽をそこに足したんじゃないかと。今回残っている音源を、磁気4チャンネル版も含めて全部調べてみたんですが、レーザー版と同一のものは存在しなかったので……。

オリジナルネガとマスターポジで音声は同じなのに映像が異なっていた。「『モスラ』4K復活プロジェクト 〜デジタルリマスター作業完全密着〜」より。© TOHO CO., LTDオリジナルネガとマスターポジで音声は同じなのに映像が異なっていた。「『モスラ』4K復活プロジェクト 〜デジタルリマスター作業完全密着〜」より。© TOHO CO., LTD

――一方、メイキングの方では、「オリジナルネガとマスターポジの編集の違い」と「音ネガがなぜか2本出てきた」ということを取り上げていました。

清水 前者は、長年にわたって『モスラ』最大の謎だったんです。本編の中に音声と映像がかみ合わない部分があって明らかに編集違いと思われるのですが、オリジナルネガ自体がそうなっていたので長らく原因が解明されず、レーザーディスク時代のソフトもそのままで発売されてきました。それが今回、ごく初期に作成されたマスターポジが発見され、オリジナルネガと1コマごと並べて確認したところ、マスターポジでは音声はそのままなのに、シーン順が異なっていて、ちゃんと音と絵が合致していたんです。オリジナルネガは本当にボロボロだったので、おそらく何かの事情で鋏を入れられ、そのあと間違って繋ぎ直されてしまったのではないかと思いますね。両方スキャンして比べてみると、ボロボロのオリジナルネガに対して、あまり使われていないマスターポジは傷も全然少なくて、画も安定している。プリント状態は格段にいいわけです。ただどんなにボロボロでもオリジナルネガに残された情報量の方が明らかに多い。やはりオリジナルネガが残っているのなら、当然そこからスキャンしなきゃダメだよね、ということになったのですが、それがイバラの道の始まりでしたね。

――そもそもオリジナルのネガが、そんなに痛んでいた原因としては?

清水 『モスラ』は人気作だったので、常日頃から焼かれて焼かれて、ということを繰り返し酷使されて、もう限界にきていた。フィルムが痛む原因としては使われてボロボロになるというのと、“ビネガーシンドローム”(4)といってフィルム自身が持っている酢酸成分が浮き出してきてフィルム自らを溶かすという問題があるのですが、『モスラ』はしょっちゅう使われていたので酢酸成分は飛んでいってあまりビネガーシンドロームは発症していなかった。ただ、もう傷だらけの状態でした。

――それだけネガが傷だらけだったなら、今回の4Kリマスターのデータで新しいマスタープリントを作っておきたいところですが。

清水 今回はデジタルデータで保管するところまでですね。デジタルにはマイグレーション(5)の問題がつきまとうので、リマスターしたデータをフィルムに戻すという作業までやれれば作品の保存として完璧なんですが、そうするとさらにデジタルリマスター1本分くらいの予算がかかりますので、そこはちょっと我慢して。ただ、デジタルデータが無事である以上は今後そこからフィルムに焼くことはできます。デジタルデータも、今回のリマスターしたデータと、リマスターをする前のスキャニングしたままの生データも両方保存していて、何かあったときには元のデータまで戻れるようにしています。

初公開当時の上映を再現するために

小泉博、香川京子、フランキー堺の肌色も公開当時の色合いに戻った。© TOHO CO., LTD小泉博、香川京子、フランキー堺の肌色も公開当時の色合いに戻った。© TOHO CO., LTD

――音ネガが2つあったというのは何故なのですか。

清水 1本は通常のモノラルの音ネガ、もう1本はパースペクタ・ステレオという当時の擬似ステレオ音響仕様のものだったんです。両方ともソンダーでスキャニングしたのですが、先ほど説明したように、今回、最終的には磁気4チャンネルのシネテープのデータの方を使っています。
 なぜ音ネガが2種類あったのか。当時の映画館の音響について多少説明しますと、当時、映画がスコープサイズになって横長に広がり、音も拡がりを持たせようということでモノラルからステレオ音響化が計られていったんです。東宝はモノラル音源でステレオのような効果が得られる「擬似ステレオ」=パースペクタ・ステレオ方式(6)を導入したんです。

――どういったシステムだったんでしょうか?

清水 簡単に言えば、1チャンネルのモノラル音声を、ある装置をつけることによって3チャンネルに振り分けて音を出すというシステムです。前方のセンターと右左、この3チャンネルの全部から音を出すか、右からだけ出すか、左からだけ出すかというのを、音の中に埋め込まれた信号でコントロールできるんですよ。だからモノラル音声でもステレオのような効果を出すことができる。しかもデコーダーを通すとすぐに再生できる。
これに対して4チャンネル多元磁気立体音響というのは、この当時、劇場にはじめて導入された複数チャンネルの音響システムです。日香合作の『香港の夜』(千葉泰樹監督、1961年7月8日封切)で試験導入されて、『モスラ』(同7月30日封切)が本格的導入の第1作だったんです。4チャンネルというだけあって、真ん中と左と右、前に3チャンネル。さらに後ろにも1チャンネル。但し、このシステムでの上映はパースペクタと違ってそれなりの設備が必要になるので、今回調べてみましたら……日本劇場、千代田劇場、渋谷東宝、新宿東宝、新宿コマ東宝、築地東宝、あと神田東洋キネマ。この7館が東京で、あと中部で名古屋宝塚、関西で梅田劇場、なんば東宝、東宝敷島劇場、この11館に限られていたんです。まさに特別な劇場のみで、いまのドルビー・アトモスの出はじめみたいな感じだったと思います。そして同時にパースペクタ版も、モノラル版も公開されたという。贅沢ですよね。
今回の『午前十時の映画祭』での上映では、この磁気4チャンネルの音を5.1チャンネルのスピーカーのシステムにハメこんで、後ろの2チャンネル分を同じ音を出して公開当時を再現します。

このメインタイトルの前に「序曲」が流れる。© TOHO CO., LTDこのメインタイトルの前に「序曲」が流れる。© TOHO CO., LTD

――それにしても、磁気4チャンネルが導入された第1作というのは、当時『モスラ』がいかに期待された作品であったかが窺い知れます。

清水 そして今回、この磁気4チャンネルのシネテープ音源の中に大発見がありました。本編の上映前に流す「序曲」(7)が入っていたんです。この「序曲」、これまでにも『モスラ』のサウンドトラック完全盤のCDには収録されていたんですが、「序曲」として作曲はされたけど、実際の上映に使用されたのかされなかったのか、わからないままだったんですよ。その序曲がシネテープの中に存在している、ということがデータをもらってわかりまして、これはなんとか序曲つきで上映したいなと思ったんですが、東宝に判断してもらわなければいけない。言葉で説明するよりも、じゃあまず1回試写会でつけて観てもらおうと。ドキドキしながら試写会に臨んだんです。そうしたらことのほか好評で、そこから東宝が序曲をつけていいかどうかという検討をはじめてくれたんです。
つまりは当時、本当に序曲が流されたのか?という証拠集めをしなければならない。完成品の音に序曲は存在しているけれど、ネガに一緒にくっついていたわけではないので、ほんとにつけて上映したかどうか確証が得られなかったんです。まず調べたのはキューシート(8)。音楽のキューシートを見ると、「タイトル曲の前に使用」という指定があったので、これは本当に序曲の音楽なんだということがわかりました。さらに本多監督が使用したシナリオのコピーをお持ちの方が福島にいらしたので、そのシナリオを見に行きました。するとタイトル曲の前にM1A、M1Bというのが序曲のナンバーなんですが、それがちゃんと監督のメモにあったんです。その辺のレポートを東宝に提出しました。そして東宝の方がいろいろ追跡調査していただいた結果、序曲は磁気4チャンネル版のみにつけて上映していたという判断が得られて、今回の序曲つきの上映が決まったんです。やったー!って感じですね(笑)。

――そこまで追跡しないといけないわけですね。

清水 最初は序曲の存在やキューシートがわかった時点で「上映できるか!?」と盛り上がったんですが、やはこれは追跡調査していただいた方には感謝しかありません。

――かつては大作映画によく序曲とか、長い映画だとインターミッションの間にも間奏曲がつきましたが、いまはその体験のないお客さんも多いかもしれません。それだけ特別感のある上映になりますね。

清水 そうなんです。そこも東宝とどうしようかと協議しまして、「本作品は頭に約1分間序曲がついています、と。音楽だけ流れますのでよろしくお願いします」みたいな説明文を頭に入れてから序曲が始まるような仕組みにしました。ちなみに『モスラ』の上映時間はこれまでの101分から1分増えて102分となりました。

リマスター作業の進化と今後について

――ところでリマスターにあたって、制作当時のアラやミスのようなものはどうされているのですか?

清水 当時の制作スタッフの要望とか特別な事情があれば別ですが、当社のコンセプトとしてフィルムにあるものはそのままで残しておこうということで作業しています。デジタルリマスターというと、よく「映像や音をキレイにする」という意味合いに捉えられがちなのですが、いったん完成した映画はすでに作品なので、やるべきは修正ではなくて復元であってオリジナルはいじらないのが基本です。特撮の合成のアラも、現場でのハプニングも、作品内にあるのであれば、それも映画の記録としてきちんと残しておきたい。例えば、スタッフの足が映り込んでいたとかそういうのはトリビアなんですよ。のちのち映画の本編以外の楽しむネタとして、トリビアとしても、そういうのは残しておいた方がいいんじゃないかなと思います。あの『七人の侍』(黒澤明監督、1954)でも、実はカチンコが映りこんでいるカットが2カットあるんです。シュッと抜く瞬間のカチンコ。それも「ありがとうございます!」という感じでそのまま残していますし、『モスラ』でも、有名な逸話だと思いますが、インファント島住人たちが踊るシーンで、真ん中にいる役者さんのカツラが落ちるカットがあります。そういうのは直そうと思えばいくらでも直せちゃうんですが、いったん世に出た作品ですし、当時それを映画館で観て記憶していらっしゃる方もいる。直しちゃうと世の中からその歴史が消えるんですよ。リマスターはアーカイブという意味も含んでいる、ということも考えて直さない、という形にしています。

――直せば歴史の改変になるということですね。

清水 そうなんです。いまの子どもたちが観るんだからピアノ線があったら興ざめだよ、という意見もあるかもしれませんが、例えばモスラやキングギドラはおびただしい数のピアノ線で吊っているのに、そのうちの何本かしか見えてないんですよ。そうすると、そのピアノ線が見えること自体が悪いんじゃなくて、あの当時、すごい本数のピアノ線を使っているのにたった数本しか見えないということの方がすごいなと思うんです。それがあの当時の技術で、なるべくピアノ線を見せないようにしていた工夫の表われだと思うんで、そういう技術の記録という意味合いも含めて、残しておきたいなと思うんですね。
それでも制作側から直してくれ、というやむを得ない要望があった場合には直しますが、その直す前のデジタルデータを修正後のものと一緒に必ず保管するようにしています。

――リマスター作業にかかる機材というのは、年々進化してきているのでしょうか?

清水 どんどん進化していますね。2014年に『ゴジラ』をやっていたときは、アリスキャン(ARRI SCAN)という機種しかスキャナーはなかったのですが、いまは作業特性に合わせて4種類ありますし、レストア用ソフトの方も進化して処理速度が速くなり、これによってはるかに本数がこなせるようになりました。また技術的にも、たとえば我々は「あおり」といってるんですが、フィルムが劣化することによってワンカット内で明るさがゆれたりするところがあって。そのレストアは『ゴジラ』のときは1コマずつの調整だったんです。いまはソフトで基準を決めると、そこに合わせて自動でやってくれます。本当にいいソフトが出たなあと思います。

  • レストア前の映像。© TOHO CO., LTDレストア前の映像。© TOHO CO., LTD
  • レストア後の映像。© TOHO CO., LTDレストア後の映像。© TOHO CO., LTD

――今後リマスター技術は、どのようになって行くだろうと思いますか?

清水 AIによるレストアが、今後、どんどん発展していくんだろうと思いますね。いまAIがレストアしてくれるソフトをいろいろな企業が開発したり、実験したりしていまして、我々も協力してテストしたり、ということもやっています。そういうことが進んでいくと、我々が手を下すまでもなく、これは傷だとか、これは汚れだとか、判断してくれて消していってくれると思うんです。そういうソフトがこれからどんどん精度を高めて出てくるんじゃないかなと思いますね。
特にいまレストアをしていて手間がかかるのがスプライスという作業なんです。これはカットとカットのつなぎ目に接着剤を使っている。その接着剤がはみ出て、前のカットのお尻の下の部分と、次のカットの頭の部分にかなりデカく、ぐにゃぐにゃという傷みたいなものが入っている。それをワンカットずつ消し込んでいくんですね。これをまだ手作業でやらなくちゃいけない。『モスラ』はカット数が多いので、それだけでも大変でした。これを自動的に検知して消してくれるソフトが出たら、非常にラクだなと思いますね。そのへんではまだまだ進化の余地はあるでしょうし、たぶんいつかは出てくるだろうなと思います。

――こういう分野にもAI技術が欠かせなくなってきているんですね。

清水 ただこれだけははっきりしているのは、最後は人の目でコマごとチェックしないとダメです。レストアソフトは1コマだけ存在するものを「傷」として検知するので、雨なんか全部消しちゃう。雨は1コマにずっと留まっていないじゃないですか。動いているから全部消しちゃうんです。ゴジラの皮膚なんかも、ザラッザラの皮膚が傷だと検知されてオートでやるとツルツルのゴジラができあがってしまう(笑)。だからレストア作業って傷を消すだけでなく、ソフトが消しちゃったものを慎重に戻すのも仕事のうちなんです。ソフトは傷を検知すると、傷のところが色が変わって表示されるので、これは傷じゃないよとキャンセル、キャンセル、キャンセルしていって傷だけを消す。さらにソフトが検知できない傷もたくさんあるので、それは手作業で消していく、という形ですね。それとグレーディングなどは、最終的にやはり人の経験値がものをいうところが大きいと思います。AI技術を活かしつつ、手間が減った部分を人でしかできない作業に費やすということだと思います。

――最後に清水さんから、今回の『モスラ 4Kデジタルリマスター版』、ぜひここを観てほしいという点をアピールしていただきたいのですが。

清水 今回作業をして驚いたのは色の豊かさですね。他の東宝特撮作品と比べても色彩豊かに設計された作品だと思うので、いままではレーザーディスク、DVD、Blu-rayも全部買って、ソフト化の歴史も常に見ながら、このソフトの画質がいいとか悪いとか、いろいろと文句をいっていた立場だったんです(笑)。
色調整をしてみたら、こんなに色の情報が残っていたのか!と。特に東京タワーで原子熱線砲がモスラの繭を焼くところの鮮やかな青空はすごくキレイな色合いが出ています。当時の「総天然色」というのはまさにこれか!と、観ながら感動してしまいました。東宝特撮というと、どうしても『ゴジラ』シリーズに重点がおかれてしまうのですが、他のSF特撮映画でも素晴らしい作品がたくさんあるので、ぜひ多くの方にこの『モスラ 4Kデジタルリマスター版』を観に来ていただいて、他の東宝特撮シリーズのリマスター化にもつなげていきたいと思うんですよ。個人的にも『モスラ』はずっとリマスターしたかった作品ですので、いまは実現して感無量です。

  • © TOHO CO., LTD© TOHO CO., LTD
  • © TOHO CO., LTD© TOHO CO., LTD

――具体的にリマスターしたい作品はありますか?

清水 本多猪四郎監督作品が好きなので、残るゴジラシリーズや東宝SF特撮シリーズの本多監督作品は早くやりたいですね。自分が決められる立場ではないのですが、したいしたいと言っていると言霊になってやれるかもしれないので、言っておきます(笑)。
あとは「午前十時の映画祭」でたくさんリマスターさせてもらっていますので、やはり黒澤明監督作品でしょうか。特に『生きものの記録』(黒澤明監督、1955)は、長年オリジナルネガがないと言われてきたのですが、最近発見したんです。これがナイトレート・フィルム(9)といって可燃性フィルムなんですよ。可燃性フィルムはいまは危険物扱いなので、全部不燃性のフィルムにコピーされて、オリジナルネガは処分されているんです。だから『ゴジラ』も『七人の侍』もオリジナルネガはもう残っていないんですが、『生きものの記録』だけは奇跡的に残されていた。ですからオリジナルネガできちんとしたリマスター版を作りたいんです。すごい画が出てくると思いますよ!

取材/山本和宏、佐々木淳
構成/佐々木淳

清水俊文

清水俊文(しみずとしふみ)

日大芸術学部放送学科卒。1993年、東宝に入社。96年、東宝映画に出向。製作部で『モスラ』(米田興弘監督、1996)、『モスラ2 海底の大決戦』(三好邦夫監督、1997)、『モスラ3 キングギドラ来襲』(米田興弘監督、1998)を担当。99年の『ゴジラ2000 ミレニアム』(大河原孝夫監督)からは本編助監督に。その後、一貫してゴジラシリーズに関わり、『ゴジラ×メカゴジラ』(手塚昌明監督、2002)、『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』(手塚昌明監督、2003)では特撮班助監督を、『マリと子犬の物語』(猪股隆一監督、2007)では特撮監督を務めた。現職は東京現像所・営業部部長として営業統括業務とともに、新作映画やテレビ番組のポストプロダクション・マネジメント、デジタルリマスター統括を担当。また東宝の「ゴジラ戦略会議(ゴジコン)」のメンバーとしても活躍している。

『モスラ 4Kデジタルリマスター版』12月10日(金)より公開!

東宝が誇る特撮映画の傑作『モスラ』(61)が最新技術の4K修復により美しく蘇る! 12月10日(金)より「午前十時の映画祭11」の開催劇場にて公開いたします。
【『モスラ 4Kデジタルリマスター版』上映スケジュール】
12月10日(金)~12月23日(木):グループB劇場
12月24日(金)~1月6日(木):グループA劇場
詳しくは「午前十時の映画祭11」公式サイトでご確認ください。

 

無料配信イベント「『モスラ』4K、観て!話そう!」12月11日(土)開催!

公開を記念し、無料配信イベント「『モスラ』4K、観て!話そう!」を緊急開催!!
12月11日(土)19時より「午前十時の映画祭」公式YouTubeチャンネルにて配信開始します。
大の特撮マニアを自認する・フリーアナウンサー笠井信輔氏と、やはり特撮マニアであり今回の取材にご協力いただいた『モスラ』4K修復作業統括の清水俊文氏(東京現像所)が出演。『モスラ』と『モスラ』4K修復についてとことん語り倒す、『モスラ』ファンのみならず、全特撮ファン、全映画ファン必見の配信イベントです。
【「『モスラ』4K、観て!話そう!」実施概要】
・ゲスト:笠井信輔(フリーアナウンサー)、清水俊文(『モスラ』4K修復統括)
・配信日時:12月11日(土)19時00分~20時15分(予定)※アーカイブ予定あり
・配信場所:「午前十時の映画祭」公式YouTubeチャンネルにて

註釈

  • 1 オリジナルネガ:生フィルムをカメラに装着し、露光(撮影)したオリジナルのフィルム。および、それを編集してつなげたフィルム。
  • 2 マスターポジ:オリジナルネガから焼かれたアーカイブ用のフィルム。オリジナルネガを守るため、通常はマスターポジからさらにデュープネガを作り、デュープネガから上映用プリントを作る。
  • 3 4チャンネル多元磁気立体音響:高音質の磁気録音を用い、独立した4チャンネルを持つステレオ音響システム。20世紀フォックスがシネマスコープを開発した当初、音響にはこのシステムを標準としたことから、その後、映画の音響方式として幅広く用いられることになった。ただしこの音響を実現するためには磁気音声の再生ヘッドをつけた映写機を導入しなければならないなど、映画館側に莫大な費用がかかった。東宝はパースペクタ・ステレオ方式導入の3年後、さらに進化した「パーフェクト・ステレオフォニック・サウンド」と銘打って、この方式を導入した。なお本文中にある『香港の夜』の前年の『太平洋の嵐』(松林宗惠監督、1960)においても一部シーンにだけ試験的に用いられ、その音源は同作のDVDにも収録されている。
  • 4 ビネガーシンドローム:ナイトレート・フィルムに変わって50年代に登場した不燃性フィルムはベース面に「アセテート(酢酸)セルロース」を使用している。だが日本のような高温多湿な環境下では酢酸ガスを発生してフィルムが溶解する「ビネガーシンドローム」を起こしやすかった。90年代になると、新たな不燃性フィルムとしてポリエステルフィルムが開発された。
  • 5 マイグレーション:IT用語でデータを新たな環境に移行すること。デジタルメディアは世代交代が激しいため、データの長期保存のためには次世代メディアへの変換を繰り返していく必要がある。結果的にフィルムで保存するよりもコスト高で、かつ不安定だと言われている。
  • 6 パースペクタ・ステレオ方式:1950年代前半にアメリカで開発された擬似ステレオ方式。光学式サウンドトラックのモノラル音声をインテグレータという装置を通し3チャンネルに音量の強弱をつけて振りわけることでステレオ音響のような効果を演出した。正式名称はパースペクタ・ステレオフォニック・サウンド(Perspecta Stereophonic Sound)。日本映画では東宝が1950年代後半から4チャンネル多元磁気立体音響に先駆けて導入し、多くの大作で使われた。
  • 7 序曲:1950年代後半から1960年代のワイドスクリーンの大作映画には、作品の風格を高めるため、オペラのスタイルを真似て、本編の上映前に「序曲」、(長尺の作品はインターミッションの間に「間奏曲」)、終映後に「終曲」がついた映画が数多く見受けられた。ちなみに序曲がついた代表的な作品には『ベン・ハー』(1959)、『ウエスト・サイド物語』(1961)、『アラビアのロレンス』(1963)、『2001年宇宙の旅』(1968)などがある。
  • 8 キューシート:ここでいうキューシートとは、映画における音楽の曲の配置や演奏時間などを整理した資料を指す。
  • 9 ナイトレート・フィルム:フィルムのベース面に「ニトロ(硝酸)セルロース」という可燃性素材が使用されているフィルム。1950年代まではフィルムの主流であったが、フィルムの劣化とともに発火点が下がり、自然発火を原因とする火災が増えたため、現在では危険物第5類「自己反応性物質」に指定された。

Chapter2 デジタルリマスターとアーカイブについて語ろう

『モスラ 4K デジタルリマスター版』(本多猪四郎監督、1961)のリマスター過程を伝えたChapter1に続いて、Chapter2では今後増え続けるであろうデジタルリマスターについて、さらにデジタル時代において映画作品を失わないためのアーカイブの方法についてのトークをお届けする。Chapter1にもご協力いただいた東京現像所・清水俊文氏とともにご参加いただいたのは、国立映画アーカイブ主任研究員で、かつてIMAGICA(現IMAGICAエンタテインメントメディアサービス、以降IMAGICA)で『地獄門』(衣笠貞之助監督、1953)、『幕末太陽傳』(川島雄三監督、1957)などのデジタルリマスター作業に携わった三浦和己氏である。

トーク:清水俊文(東京現像所)✖️三浦和己(国立映画アーカイブ主任研究員)

日本で最初のデジタルリマスターとは?

――今回、VECTORでは『モスラ 4Kデジタルリマスター版』に合わせて「デジタルリマスターと映像アーカイブ」という特集を組んだのですが、コロナ禍で一時新作映画の公開が見合わされたようなこともあり、最近、デジタルリマスターによる劇場公開が盛んになってきたような気がします。清水さんはその背景をどのように見られていますか?

清水 旧作のリマスター上映が増えてきたのは、これは来るべくして来たという感じがします。つまり映画がデジタルで上映されるようになってから、日本でも雪崩を打ったように35mmの映写機が撤去されて、いまはフィルム上映自体がほとんどできなくなっているんです。常設の上映施設だと、フィルム映写機のある名画座とか、国立映画アーカイブさんとか、本当に限られたところでしかできなくなりました。大都市圏や主な都市なら、まだ名画座がいくつかあるので35mm上映を観ることができますけれど、それ以外の地方に行くとほぼシネコンしかない状況ですので、そうすると過去の名作に出会うことなく皆さんが過ごしてしまう。そこで海外を含め、映画会社は過去の名作のデジタル化を進め、上映できる作品を用意しています。自宅のモニターで観るのもいいんですが、やはり劇場の大スクリーンで映画を観るのは大切だと思うので、プリントがデジタルで蘇り、それによって全国で旧作を観ていただけるというのは、映画にとってもすごく幸せなことじゃないかなと思います。ただ、レストア(傷消し、揺れどめなどの修復)してリマスター版を作るとそれなりにお金がかかりますから、現在、まだまだ本数が限られているのが現状です。とはいえ、各社がリマスターを進めている作品がコロナの代打として陽が当たるのは、ある面においては良いことと思います。

――デジタル化しないと、いまのシステムのなかではほとんどの映画館で旧作上映はできないということですね。レストレーションなしでデジタル化だけならば、もっと多くの作品がデジタル化できるんでしょうか?

清水 それはそうですね。リマスター版を作ることも大事ですが、とにかくデジタルにして、もっと旧作を観られる態勢を作るのも意味があると思います。とはいえ現実的には、よほどの映画ファンは別として、一般のお客さんはデジタル化というとキレイになった映像というのを期待されますし、特に映画館で観るときはレストアされてこそデジタル上映であるという感覚をお持ちです。だから、そのままデジタル化だけを行うという例は興行においては現状はまずないですね。

――放送に関してはどうなんでしょうか。

清水 放送に関しても現在はデジタル化しないとだめです。昔はテレシネ(1)して、ビデオ信号にはしていたんですが、いまはほとんど4Kですと完全なデータ放送になりますので、同じようにスキャニングして、レストアして、リマスターのデータとして完成させています。ただ放送用の場合は、リマスターの度合いに差はあります。つまり放送の場合は、いまは本数も多くやらなければならないし、時間も予算も限られているわけです。放送に間に合わないのでレストアのレベルをちょっと変えて、一般の方が観たらまずわかりませんけど、私たちから見るとちょっと違いがわかる放送用としてリマスター版を作るということもあります。

――日本でのデジタルリマスターのはじまりは、いつごろに遡るのでしょうか?

三浦 私がIMAGICAにいた2005年に、松竹さんが『砂の器』(野村芳太郎監督、1974)のデジタルリマスター版を作成しました。そのときが本格的なファイルベース(2)でのデジタルリマスターの皮切りとなります。もともとIMAGICAではパラ消しというフィルムに付着したゴミによって表面に現れるパラパラした汚れをデジタルで消す作業はしていたんです。昔のテレビシリーズの時代劇などを再放送するときにパラ消しをするというのは結構前からあったことなんですが、ゆれ止めとかフリッカーを全編にわたって直す、ということはやっていなかったんです。それが『砂の器』以降は本格的なレストレーションをやるようになりました。私はそれに関わってはいなかったんですが、本格的なファイルベースでのポストプロダクションとして象徴的な事業だったのですごく注目していましたし、そのころから海外のリマスター版のBlu-rayなどが出ると取り寄せて、これはどういうふうに修正したんだろうと研究していましたね。当時は一大事業で予算も大掛かりでした。それがデジタルリマスターというものだと思っていましたが、いまの本数を見ると、進んだなあと思います。

清水 そのときは2Kでやったのですか? それとも4Kで?

三浦 「映画撮影」誌にも書かれていましたが、スキャンは4Kで、レストアは2Kでした。当時は試行錯誤の末にスキャンは4Kでやってそこから2Kに戻すのがいちばんいいということになったと聞いています。結局、あのあたりから積み上げてきたスキルが連綿といまに続いているのだと思います。

清水 2014年に『ゴジラ』(本多猪四郎監督、1954)のデジタルリマスター版を東京現像所で制作したときですら、そのころまだ4K-DCPがあまり導入されていない時期だったので東宝からはオール2K作業でいいというお話だったんです。でもせっかくやるならスキャンだけでも4Kでやっておきませんか、とお伝えして通してもらいました。だから2005年の『砂の器』のときに、すでに4Kでスキャンをされていたのは慧眼があったなと思います。4Kでとっておけば、いまの時代でも、そのスキャンデータを使えますからね。

三浦 2005年というと、ちょうど日本でDIがはじまる年なんです。フィルムから全部デジタルデータに変換して、デジタル上で編集や色彩調整を行なって、完成したデータをフィルムアウトしてフィルムで上映する。フィルム→デジタル→フィルムで。中間がデジタルなので、デジタル・インターミディエイト(DI)といわれるワークフローなんですが、日本ではじめて完全なファイルベースのDIフローでやったのが『砂の器』のデジタルリマスターになるかと思います。現在のデジタルで映画を作っていくという基礎が、あのあたりでぎゅっと密度高く研究されていったところがあると思うんです。

リマスター作業の進化について

三浦和己氏三浦和己氏

――三浦さんご自身は、『砂の器』には関わっていないということでしたが、そのあと、どういった流れでレストレーションに関わっていくことになったのですか?

三浦 私は2000年にIMAGICAに入社したんですが、大学が機械科で、入ったときには機械屋として入っているんです。プリンターのメンテナンスとかそういう仕事で入って、そのあと音声レストレーション事業の立ち上げに参加しまして……。

――音声レストレーションというのは、旧作の音声の修復?

三浦 はい。不要なノイズ分をカットするという「ノイズリダクション」という作業を担当していました。その事業の立ち上げにあたり、映画の修復についていろいろと調べていくなかではじめてフィルムセンター(現:国立映画アーカイブ)の存在を知ったという具合で、恥ずかしながら、それまではフィルムアーカイブについてほとんど知らなかったんですよ。

――デジタル上映するために音だけ聞きやすくしておこうと……。

三浦 詳しくはあとで触れますが、そういうことですね。そのあと、フィルムセンターの研究員の方から、レコードトーキー(3)の復元という依頼があったんです。レコードトーキーというのは、画の方はサイレント、その映写機と同期したレコードプレーヤーがあって音はそちらから、という上映方式です。復元ではその音をレコードからデジタル化するのですが、これが思っていた以上に大変な作業だったんです。通常のSP盤は分78回転ですが、そのシステムでは80回転でこれをどう実現するかが最初のステップでした。さらに音には録音特性と再生特性というのがあって、何らかのメディアに情報を記録するときには、ある特性をかませてから収録するんです。ですからレコードに録音するときもそれをするわけですが、レコードトーキーの時代はまだそこが統一規格化されておらず、レコーディング方式によってバラバラなんです。そうすると、これはどういう特性で引っこ抜いたら、ちゃんとした元の音に戻るんだろう?というところの調査からはじめ、さらにそれを戻してから音ネガに入れるから音ネガのための逆特性もかけなければいけない。そういう細かい調査・研究の毎日でした。あの当時の現像所の仕事は基本的に大量焼き増しがメインなので、均一の品質のものをいかに効率的にあげていくかというタイプの仕事だったわけですが、レストレーションの場合は本当にひとつひとつなんです。ひとつひとつどうすればいいのかを考え、何か間違ったことをやってしまうと全然違う結果になってしまう。そういう怖さをそこで知りまして。それが私のレストレーションの原体験というか。いまの仕事のモチベーションにつながっているんですよ。
そのあと、画の修復の方に移りまして『なまくら刀』(幸内純一監督、1917)や『紅葉狩』(柴田常吉[撮影]、1899)の復元などを担当したあと、修復作業の技術窓口として、『地獄門』デジタル復元版、『幕末太陽傳』デジタル修復版などをやらせていただき、2014年からはフィルムセンター、つまり現在の国立映画アーカイブに来たというような流れです。

――そのときの『地獄門』とか『幕末太陽傳』のデジタルリマスターは、それぞれ映画会社による発注ですか?

三浦 そうです。『地獄門』については、当時、地デジへの完全移行期で、デジタル放送の高品質をアピールするためにNHKさんからの協力があって実現したんです。同じく4K放送への移行期にもリマスターは活躍しました。開始当初は新たな4Kのコンテンツなんてそうそうは作れない。そのときに、35mmフィルムは4K並みの情報量を持っているということから、リマスターの需要が広がったんです。

清水 いま挙がった地デジ移行期のころのデジタルリマスターは、きっと現在とは桁違いの予算や時間をかけていますよね。何ヶ月くらいかけていましたか?

三浦 そのころでもまだ2本延べで1年ぐらいはかけていたんじゃないかと思います。機械の作業速度も当時はいまとは比べものにならないほど遅いですから、手間も時間もかけていました。

清水 スキャンの速度ひとつでも違いますね。弊社でも最初のころ「ARRISCAN」という機械でやっていたころは1秒に2コマくらいしか撮れませんでした。いまの機械、「SCANITY」とか「SCAN STATION」だと1秒15コマは撮れますから、そのころは1週間かかっていた量のスキャンがいまは1日で終わります。速度が格段に上がりました。

三浦 それとスキャナーの機構としての大きな違いは、当初のフィルムスキャナーというのはオプチカルプリンターみたいなものでした。フィルムをガチっとピンで止める。フィルムを固定して精度よくデジタル化しなければいけないんですが、旧作の劣化したフィルムをかけようとすると変形しているので絶対に通らないんです。スキャナーの技術者に「こんなにつなぎが多くて劣化したフィルム、怖くてかけられないよ」と。なのでオリジナルネガが残っていても、そこからスキャン用に1回フィルムを複製していたものが多かったんですね。それが、ある時期から直接ネガからスキャンをするという方向に変わってきた。

清水 スキャナーが進化して、フィルムをピンで固定しなくてもいい、劣化したフィルムにも優しい機械が出てきたからですね。弊社でも最近は、これはこのスキャナーにかからないからこっちのスキャナーでやろうとか、こっちよりこっちの方がいいんじゃないか、といろいろな議論があります。

三浦 スキャンのあとのレストア作業にしても、2005年当時はレストレーションのための専用のソフトがようやく出回りはじめたころで、自社開発のソフトに加え、VFXの機械を併用しながらやっていたんです。「INFERNO」といった合成をするための機械で、その機能を使ってレストレーションをするとか。そのあと、レストレーションという独立したビジネスがあるんだってことが一般化して、専用の機械がどんどん出てきました。

清水 いまは海外のソフトが潤沢にあるし、機械がきちんと作業してくれるので、前より時間が遥かに短縮できるようになりましたけど、昔は本当になくて、弊社でも自社制作のソフトを開発したりしていました。ただ、これだけ進化した現在でも、まだソフトでも手作業でも直しきれないところはありますね。そういうときはやはりVFX関係の機械を活用して作業してしまいます。

リマスターとはどうあるべきか?

  • 『忠臣蔵』[デジタル復元・最長版]特別上映会(2018年12月14日)『忠臣蔵』[デジタル復元・最長版]特別上映会(2018年12月14日)
  • 『日本の娘』[デジタル復元版]特別上映会(2019年10月26日)『日本の娘』[デジタル復元版]特別上映会(2019年10月26日)

――ところで最近「真正なリマスターとはどうあるべきか?」という記事を見かけたり、リマスターのあり方が議論されたりしています。つまりデジタル技術でどんどん旧作をキレイにしちゃっていいのか?ということだと思うのですが、この点についてお二人のお考えはいかがですか?

三浦 それは、そもそもリマスターという言葉自体をどう捉えるかということにも関わってくると思うんです。ちなみに国立映画アーカイブでも2017年『ジャズ娘誕生』(春原政久監督、1957)、2018年『忠臣蔵』(牧野省三監督、1910)、『浮草』(小津安二郎監督、1959)、2019年『日本の娘』(ニープ監督、1935)などのデジタルリマスター版を上映してきたのですが、当館が主体的に行う事業では「リマスター」とは呼ばず、「デジタル復元版」として、オリジナルに戻すということをより明確に打ち出しています。それから、2017年の「よみがえるフィルムと技術」で上映した『時をかける少女』(大林宣彦監督、1983)や、2018年の「発掘された映画たち2018」で上映した『セーラー服と機関銃 完璧版』(相米慎二監督、1982)などは、デジタル技術を使わずに、レストアではなく、当時のフィルムの色彩を蘇らせるべくカメラマンと共にタイミング(4)で追い込んだので、「再タイミング版」と呼んでいます。

――アーカイブにおけるリマスター=「デジタル復元版」というのは、特にどういうところに神経を注がれているのですか?

三浦 興行をする映画は「商品」であると同時に、記録・歴史としての価値という側面もあるわけですが、映画を文化財として捉えるアーカイブとしては当然そこを重視するわけです。例えば先ほど話に出た「リマスターの度合い」ということを具体的にいうと、時間やお金をかけるから隅々までキレイになる、かけないからならない、ということではなく、パッと見ではほとんど差がないんです。ただ、ひとコマひとコマを厳密に見ていくと、デジタルの処理が主にコンピューターによる自動処理がメインなため、意図せずなにか別の要素が発生してしまったりすることがある。「復元する」ということは、そういうところもひとコマずつ見て、ここの部分は元に戻そうとか、そういう作業を丁寧に丁寧にやっていく。つまりアーカイブ的にはデジタル処理を加えることによって、オリジナルにもともとなかった別のものを発生させてしまうのが作品の改変につながるという意味でいちばんの罪なんです。それが画がキレイになることよりも重要なテーマになってきます。そうすると、商業ベースでのやり方と、アーカイブのやり方だとワークフローが全然違ってくるんですね。一例としてあげると、『千人針』(三枝源次郎監督、1937)という、邦画で現存が確認されているなかでは最古の長編カラートーキー映画のデジタル復元を行いました。これは1930年代の作品で、当然ながら制作当時に関わられた方はもうどなたもいらっしゃらない。しかもその作品は当時の2色式のカラーシステムだったんです。3色ではなく2色の組み合わせのカラーですから、どう考えても出せない色の領域がある。でもデジタルだと出せてしまうんですよ。それでIMAGICAさんに協力してもらって、2色式で出せない領域の色が画面上に出たら警告表示をするような仕組みを作ってもらってグレーディングしたんです。そういうことって、商業的には絶対にやらないアプローチですよね。また2017年に大林宣彦監督の『時をかける少女』の再タイミング版を製作したときは、当時の阪本善尚キャメラマンとタイミングマンの鈴木美康さん(現:国立映画アーカイブ職員)に監修者としてご参画いただき、いったんテストプリントを焼いてフィルムにして、それを参考にしながら再びタイミングを修正するということを何度も行いました。いまのフィルムは当時使われたものとは違う特性をもっているので、それで当時の正確な色を再現するには、そこまでの作業が必要だったんです。

『千人針』デジタル復元版と『時をかける少女』再タイミング版ほかが上映された特集「よみがえるフィルムと技術」(2017年5月)『千人針』デジタル復元版と『時をかける少女』再タイミング版ほかが上映された特集「よみがえるフィルムと技術」(2017年5月)

――制作当時の監督やキャメラマン、現像所のタイミングマンさんなどに立ち会って監修していただく、というのはやはり重要なことなのですね。

三浦 タイミングシート(Chapter1の記事を参照)の情報はありますが、例えば「ここはなぜこういう画になっているんだろう?」というシーンにぶち当たったときには、このシーンはどういう演出意図をもってなされたのかとか、撮影したキャメラマンの個性を知ることなども大事です。『幕末太陽傳』のときは、とあるシーンのカットバックで画面の明るさが揃ってなかったんです。多くの場合はそういうとき、タイミングで明るさの加減を揃えるので最初のグレーディングではそうしたのですが、あとから監修者の方が「このシーンは照明の設計上、行燈との距離や角度を意識して、わざと変えていたと考える方が自然です」と教えてくださって再調整しました。それとモノクロの画面をかなり柔らかい階調に持っていったんです。例えばいま、旧作のBlu-rayなどを見ると、モノクロ画面を硬くてシャープなバキバキの「かっこいい画」にしているものもありますけど、その真逆の方向です。そういうのも、制作された時代のルックや当時の技師さんのクセや特徴を知っていなければわからない。

清水 1作目の『ゴジラ』はクライテリオンから出ているんですが、東宝発売盤よりもクライテリオン盤の方がモノクロの締まりがシャキッとしているんです。明るいところは明るく、暗いところは暗くしている。よくTwitterとかで画像比較されて(笑)、やっぱクライテリオンの方が画質がいいねえとか書かれると、違うんだよ!公開当時に忠実に作ってるのに。この暗いところの、暗いけど見えるこのギリギリのところをもっと見てくれよ!と思うんです。でもいま観ている人たちが昔の映画の階調を知らないから、こちらの狙いが伝わらないのがくやしいですね。

作家性と「復元」の狭間で

――東京現像所さんではどうですか? リマスターのあり方というか、基本方針。

清水 弊社では、まあ「デジタルリマスター」と呼んでしまってはいるんですけど(笑)、リマスターの解釈としては「マスターを作り替える」ではなく「フィルムから(デジタルに)媒体を置き換える」という意味でそういっています。ですから基本的には国立映画アーカイブさんの「復元」の考え方に依っているんです。オリジナルの状態で見られるように復元する。新しい修正を加えない。歴史の改ざんをとりあえずはしないという点では一緒ですし、それがこのリマスターという作業の基本かなと思っています。ただ興行や放送という商業目的がありますから、絶対にその一線を譲らない、というわけではありません。先ほどのタイミングシートを用い、監修者を立ててやるということも同じなんですが、アーカイブではないので、監修者の意向にも左右されます。例えばウチで『八甲田山』(森谷司郎監督、1977)の4Kデジタルリマスターをやったときは、森谷監督がすでに亡くなられていますので木村大作キャメラマン(現:監督)に監修していただいたんですが、このときの木村さんの思いとしては、「このデジタルリマスターをもって作品を完成させる」ということだったんです。当時、苛酷な撮影現場で森谷監督の希望通りに照明機材を雪山にろくに運べず、役者さんの顔が暗く沈んで見えなかった。そういうところはいまのグレーディングで調整できてしまいますから、当初の意図とおりに見えるようにしましょう、と。そうしてようやくこの4Kデジタルリマスターで当時思い描いた形の作品になりました、というわけです。できあがった4Kデジタルリマスター版は役者の顔がオリジナルよりも遥かによく見えるようになり、当時の関係者も大満足でした。私も撮影所で助監督をやっていたからわかるんですが、映画の現場って引き算なんですよね。最初は理想が頭のなかにあって、撮影していくうちに、理想通りにいかなくて、妥協の連続で映画ってできあがる。いまのデジタル技術だとそれが補完できてしまう。だから当時の理想に近づけようとしちゃうんです。ただオリジナルは当時の記録として絶対に失ってはいけないもの。大切です。ですのでこういったときは調整する前のデジタルデータも残して、両方を保存するようにしているんですよ。

『銀輪』は近年においては、特集「映画の教室2019」(2019年5〜7月)で上映されたほか、特撮を担当した円谷英二にちなんで「生誕120年 円谷英二展」でもビデオ展示された。『銀輪』は近年においては、特集「映画の教室2019」(2019年5〜7月)で上映されたほか、特撮を担当した円谷英二にちなんで「生誕120年 円谷英二展」でもビデオ展示された。

三浦 そのへん難しいところですね。IMAGICAにいた2009年に松本俊夫監督の『銀輪』(1956年)のデジタル復元版の作業をやったのですが、監修として監督ご本人がいらっしゃったんです。この作品は抽象的な作品で、黒バックのなかにグルグル回転する自転車の車輪が現れるんですが、作品のほとんどが実景で撮影されていないんです。実景があるとノーマルの色味はこの辺だというのがだいたい想像できるんですが、スタジオ内で照明で作り込まれているとわからない。そこで監督にジャッジしていただいた。印象的だったのは、例えば黒ひとつをとっても深い赤や深い緑など様々で、その目指す黒のゴール地点は曖昧なわけですが、監督はこの黒バックは宇宙なんだ、つまり青を深めた黒なんだと。「黒」という単色のレベルで、監督が当時目指したイメージを具体として共有することができることはそうそうないと思いますが、全体のトーンを把握する上で非常に重要なお示しでした。その一方で、車輪については宇宙から現れるギラギラとした金属の光沢こそが重要なのだから、極めてハイコントラストな画こそが製作意図だ、と。松本監督は作業の前から「復元」というコンセプトについては何度も明言されており、あくまでそのコンセプトの範疇において、制作意図をお示しいただいた形ですが、いざ実際の作業として調整をはじめると、どこまで調整すべきか非常に悩ましい。ポスプロ側にいた身としては制作者の「意図」を具現化したいという欲求も強くありましたし、監督ご本人も制作者として当然同じ思いを持たれたのではと思います。デジタル技術はそれを易々と実現できてしまう分、余計に判断が難しくなってしまいますが、行き過ぎれば、それはもはやフィルムの画ではなくなってしまう。お示しいただけるのはあくまで方向性であり、絶対的な正解が数値で示されるわけではないので、毎回、試行錯誤の連続ですが、常に「復元」というコンセプトの基でゴールを探るような作業を行っています。
それでもやはり、当館が行う「リマスター」はあくまで「復元」であってオリジナルに戻すことです。ただ一般的には、商業的な意味での再価値化といった観点はもちろん、当時の製作者によるクリエイティビティは、それを実現できる技術の発達とともに成されていくのも必然といいますか、ですので商業的な意味でのリマスターとしては、きっと今後は一概に「リマスター」と呼ぶのではなく「リニューアル版」とか「リボーン」とか、わかりませんが、いろいろな整理・展開が起こってくるのではないかと思います。
また、その一方で、リマスターに別の方向性も出てくるんじゃないかとも思っています。例えば国立映画アーカイブで2018年に70mmフィルムで上映した『2001年宇宙の旅』(スタンリー・キューブリック監督、1968)。あれはクリストファー・ノーランが監修した、フォトケミカル工程のみで制作したアンレストア版だったわけですが、同じように、写真でいうヴィンテージフィルム的な価値観の元で、あえてアナログプロセスのみのアンレストアということを、ひとつの価値として打ち出していくことはフィルム上映の機会が減っていくなかで、これから十分ありえるんじゃないかと思います。
思えば、これまではいかにキレイにしていくかというのがリマスター版のチャレンジだったわけですけど機械もどんどん進化して、フィルムのダイナミックレンジをデジタルがカバーできるようになった現在は、むしろ制作された時代のフィルムの特性=フィルムルックを含めてデジタルでどう再現するのかという、もう少し根本的なところに注目点が移ってきているところがあります。新しい技術による、より厳密な再現がある一方で、商業的にはリニューアル版、さらにアンレストアがあるといったいろいろな振れ幅のものが出てきてもおかしくないと思っているんです。

音に考える「オリジナル」の意味

キャプション「アンレストア版が逆に注目を浴び、全回満員の人気を博した『2001年宇宙の旅』70 mm版特別上映(2018年10月上映)」アンレストア版が逆に注目を浴び、全回満員の人気を博した『2001年宇宙の旅』70 mm版特別上映(2018年10月上映)

――リマスターするときに、整音はとても難しい作業だといわれています。

三浦 ある意味では映像よりも判断が難しいと思います。まず「オリジナルに戻す」ということを意識するとき、フィルムに記録されている情報をそっくりそのまま受け継ぐのが正しいかと考えると、音に関しては必ずしもそうじゃないと思うんです。先ほどノイズリダクションの話をしましたが、そもそもなぜノイズリダクションという作業が必要かというと、フィルムには、ものすごく低音や高音のノイズまでが記録されているんですが、これは制作当時の上映環境では聞こえなかった。それがいまの優れた装置・環境で再生してしまうと非常に目立ってしまう。そこで、ノイズリダクションが必要になってくるんです。つまり、フィルムに記録された情報ベースでなく、あくまで体験ベースで当時の再現を目指すという考え方です。

清水 いまのスピーカーだと当時再生できなかった音まで出てしまいますね。キャメラノイズ(キャメラの駆動音)とか当時はたいして聞こえなかった音までが聞こえてくるようになって、それを取ってもいいのかどうかを毎回悩みながら作業しているところがあります。キャメラノイズなどはどうしていますか?

三浦 リマスターでは画と同様に様々な判断がありますが、ノイズリダクションの範疇ではキャメラノイズとはっきりわかるところ(自然音として記録されているもの)は手を入れないのが基本です。サウンドトラックが正常な位置で複製されずにパーフォレーションの影が入ってしまうとブーンというノイズが出ますし、フィルム上のゴミなどはパチッというノイズ、生フィルムの製造時の問題でもノイズは入ったりしますが、そういった自然音と認められないものはノイズと判断している形です。

清水 弊社は基本、手を入れないんですが、カットバックのときなどに片方だけキャメラノイズが大きく聞こえて、それがカットごとに出たり消えたりしてしまったりすると、観ていて映画に集中できなくなってしまうので、こういうケースはノイズを少し下げていました。アメリカのリマスター版なんかをじっくり聞いてみると、日本とは音作業のコンセプトが違って、ノイズを徹底的に取っている。ただ私たちが同じことをやってみると無音ってすごく違和感があるんです。つまりフィルム上映って何かしらの音が出ているので、ちょっと安心できるところがあるんですけど、デジタルで無音だと本当に音が何にもないので気持ちが悪いんですよ。なのでうっすらとノイズを残して、フィルム上映らしさというか、空気感を残そうということでやっています。それとノイズを取り去ることによっても当時は聞こえていなかった音がまた聞こえてくるんですね。監督のカット!の掛け声とか、『七人の侍』(黒澤明監督、1954)では小田急線の警笛とか。

三浦 (笑)。「サー」という音であったり、画の粒子(グレイン)感であったりはノイズとして捉えられがちですが、実際には清水さんのおっしゃる空気感を決定づける非常に重要な要素だと思います。それと、オリジナルネガというのは本当にすごい情報量が隠れていて、これはネガスキャンの映像に対しても感じることなんですが、当時の映画館で観ていた人たちはネガからアナログ的に複製されたポジフィルムを観ていたわけですから、こんなにクリアな画を観ていたわけではないし、いまのようなガッツリと遮音・吸音された環境で、こんなに微細なところまでの音を聴いていたわけでもない。と考えると、いま4Kでリマスターしようというときに、ポジからスキャンすると、ポジの情報の全てをデジタル化できるわけではないので、その意味ではオリジナルネガから作業するのがベストなわけですけど、そこで得られた情報の全てをそのまま活かすのは必ずしも正解ではないという思いも多少あるんですよ。画の場合はそもそもネガの階調からポジの階調に変換するなかで情報がそぎ落とされますが、音についても同様にポジのトーンをどう捉えるかは重要なポイントだと考えます。

清水 そう考えたときにじゃあどこを目指すのかと考えると、私個人としてはお客さんに「リマスターってことを忘れて作品に入りこむことができました」といわれるところを目指したい。

デジタルデータ保存の難しさ

――ところで、作品のアーカイブ(長期的な保存)ということに絡めて、ここからは映画のデジタルでのアーカイブということについてもお訊きしてみたいのですが。

清水 上映や放送のためにということではなく、映画会社も各社少しずつ、フィルムのデジタル化への変換を進めているようですね。なぜなら保管しているフィルムのなかには、今回の『モスラ』のように劣化して大急ぎで救わなくちゃいけない作品も少なくないんです。常日頃から検査をして、状態の危ない作品を見つけて、傷んでいるところは修復して、ビネガーの進行状況はどうだ、というのをチェックすることが重要です。そうしたデータベースができあがっていると、こういうリマスター版を作るときなども安心して作業できるんです。ある作品をリマスターしたい!といっても「(フィルムを)取り寄せたら使えないよ」といったことも実際にありますので、日頃からのそういう作業があってこそ、作品を救っていけると思うんですよ。

三浦 私はアーカイブ的な立場からお話ししますと、やはりいちばん問題なのはデジタルデータの永続的な保存の問題です。いま国立映画アーカイブでも、ボーンデジタルの映画(最初からデジタルで作られた映画)も寄贈したい、という話がいろいろと来ていて、その態勢を整えているところなんです。それと喫緊の課題はビデオテープですね。フィルムからデジタルへの移行期にはビデオテープが原版の作品も数多くあって、これを早い段階でデジタルファイル化しなければならないと伝える活動もしています。

2021年10月26日に行われた緊急フォーラム「マグネティック・テープ・アラート(膨大な磁気テープの映画遺産を失うまでにできること)」には200人を超える聴衆が集まった。2021年10月26日に行われた緊急フォーラム「マグネティック・テープ・アラート(膨大な磁気テープの映画遺産を失うまでにできること)」には200人を超える聴衆が集まった。

清水 先日、国立映画アーカイブで行われた「マグネティック・テープ・アラート:デッドライン2025」(磁気テープのビデオ映像は、2025年までにデジタルファイル化されなければ、永遠に失われかねない――というユネスコからの警告)のシンポジウムは私の周りでもかなり話題になっています。あのあと、東京現像所にもいくつも問い合わせが来ていました。いままでフィルムの方を早くデジタル化しておこうと思ったけど、テープが先の方がいいですか?と。テープでしか存在しないものはテープを先にやった方がいいかもしれませんとお答えしたのですが……。

三浦 シンポジウムではオーストラリア国立フィルム&サウンドアーカイブ(NFSA)による「デッドライン2025: 危機にさらされるコレクション(Deadline 2025:Collection at Risk)」、あるいはユネスコ及び国際音声・視聴覚アーカイブ協会(IASA)による「マグネティック・テープ・アラート・プロジェクト(Magnetic Tape Alert Project)」を取り上げたわけですが、実はデッキのサポート終了は2023年なんです。じゃあなぜ彼らは2025年と打ち出しているのかといえば、そこには2年ぐらいは予備部品もあり、技術者も確保できる見立てがあるからで、そういう状況にない機関にとっては、実はもっと差し迫った問題なんです。

清水 日本でその一環として行うのが「わが映画人生」のデジタルファイル化プロジェクトというわけですね。あれは貴重な記録ですよね。もうお話を聞けない監督のインタビューも数多く収録されているので全部観たいです。ちゃんと保管して後世に残していかなければいけない。

三浦 日本映画監督協会が長年にわたって記録してきた監督インタビュー「わが映画人生」。その多くの原版がビデオテープなんです。それらを長期保存していくために、ビデオテープ完成原版約110篇をデジタルファイル化しようというプロジェクトで12月1日から国立美術館のサイトでクラウドファンディング(5)をはじめています。

清水 その「わが映画人生」もそうですが、デジタルデータについては国立映画アーカイブではどういう保存方法をしているんですか? 例えばいまだったら映画の多くはDCP(6)で寄贈されてくると思いますが、それもDCPをハードディスクのまま保存した方がいいのか、LTO(7)なりなんなり、別の媒体に移して保存するのか?というのは悩みどころです。

三浦 データを国立映画アーカイブで保管する場合は、基本的には我々はハードディスクとLTOの正・副という形で、都合同じデータが3本ある状態を作っています。その場合、基本的にはハードディスクに入っているものを活用するようにして、保存用は正副のLTO。副は1回作ったら基本的にはもう使わないもの、正に何かあったときだけ副を使うと。これは「3-2-1」のルールというのを基本にしていまして、同じデータを3つ持ちます。それが「3」。で、保存するフォーマットは2種類以上にしましょうと。それが「2」。で、最後の「1」は災害があったときのことを考えて、どこか1つ別のところに保管するようにしましょうと。その「3-2-1」の法則を意識してやっています。

清水 デジタルになると保存をどうするか、というのは本当に悩みが尽きないです。フィルムは劣化させずに保存すればいいんですが、デジタルだとLTOで保管していても、何年後かには使えなくなりますと、それも保証つきで使えなくなるといわれていますので(笑)。定期的に入れ替える作業をしていかなければいけない。それがこれからの課題になってきます。

三浦 俗に「フォーマットの陳腐化」といわれる件ですね。新しいフォーマットに切り替わっていくので従来のフォーマットがサポートされなくなっていく。そうするとマイグレーション(媒体を何年かごとに置き換える作業)をしないといけない。

清水 画だけではなく音にも同じ問題が迫っていて、アナログのドルビーの音のデータは早く救わないとまずいですね。ドルビーステレオの音声は特殊なデコーダーがないと分離ができないんです。そのデコーダーをもう作っていないし、修理もしていないので。いま残っているデコーダーを大切に使いながら、何かあるときはそれを使って、チャンネルを分離してデジタルにして残していくんですが……。これも早くしないとビデオデッキと同じで、デコーダーが壊れたらできなくなってしまうので、そこも本当に急がないといけないだろうと思います。

デジタルだからこそルールが必要

――そういったデジタルの保存について、今後もっとも大切だと思われることは何でしょうか?

清水 外国は国がアーカイブに力を入れている。日本は国立映画アーカイブさんが頑張ってくれていますが、もっと大きな流れとして国自体が映像財産を残そうという方向になってほしいんです。日本は各映画会社まかせですよね。映画は各社の財産なので、それぞれが自分のところで管理しなさいというのはそれはそれでもっともな話だとは思うのですが、今後ビジネスになるかわからない作品をどのくらいのお金をかけてアーカイブするかというと、各社の事情にもよるのでバラバラなままです。公的なしくみで動けば、保存のルールもできていくように思いますが。

三浦 確かに企業の財産に対して公費を投入するというのはハードルが高いという考えもありますよね。海外でも全て公的機関まかせではなくて、例えばメジャースタジオは非常に強力なアーカイブ(部門)を持っていて自分たちで管理しています。ただ国の関わり方で日本と海外のいちばん大きな違いは、法的な基盤のところだと思います。法定納入制度を敷いている国の場合は製作されたら必ず国のアーカイブに保存されるので、そこで網羅的な保存が国の法律で保たれる。アメリカは法定納入制度はないんですが著作物の登録を行うためにアメリカの議会図書館にDCPが集まるので、そこでDCPを保存する。そういう法的な基盤の有無が大きいと思います。
さらにいうと、デジタルデータの保管でもうひとつ大事なのは、保管するときのLTOに落とし込む前の段階、ファイルをどう整理するかとか、そのファイルにどういう情報を一緒に持っておくかという、データのセットみたいなものをどうするかという議論はまだまだ足りないところなのかなと思います。デジタルだと、あるファイルをパソコンの画面で再生させても、それがそのまま上映するときの色じゃなかったりするんですよね。色々な目的に応じてデータを変換する必要があるんですが、正しく変換するために必要となるデータが「原版」データから漏れていたりするので、それも必ず一緒に残しましょうよ、みたいなルール。そういうデータのセットみたいなもの、こういう情報は残しておかなければいけないという規格を、みんなが共通して使いはじめたら、相互にデータをやりとりしてもすぐ使えるようになりますから。

清水 ファイルもそのファイル形式が将来的にも使えるのかどうか、みたいなこともなくはないので保存形式の規格化と保存に関する情報共有化は必要ですよね。JPPA(日本ポストプロダクション協会)もテープメディアなどを変換する際にファイル形式の統一を図るべきだといっていますが、例えば映画のアーカイブでスキャンするときはこのデータは絶対残す、といった指針みたいなものがあれば、すごくわかりやすいかもしれない。その点ではアーカイブさんが普段とられている方向性を、各社に「こういうのでどうですか」と発信して、少なくともこれは残してください、とやってもいいかもしれないです。

三浦 「デジタルジレンマ」(8)を発行した映画芸術科学アカデミーでは、デジタルでの映画製作のワークフローについて整備を進めていますが、そのなかで原版データの保存形式として推奨しているものに、IMF(Interoperable Mastering Format)(9)というフォーマットがあります。Netflixが納品用データのフォーマットとして採用しているんですけど、海外ではそういう取り組みがはじまっていて、国際規格化が進んでいます。これまで作ったものも全部これに変換しようとしたら、えらく大変そうではありますが(笑)、今後に向けて非常に重要なテーマだと思います。

フィルム保存があってこそのデジタル

――素人考えですと、デジタル化するのはお金がかかるが、一度デジタルのデータを作ってしまったら効率的に保管できるんじゃないかと思っていましたが、実際は全く違うということですね。現実問題としてフィルムでの保存とデジタルでの保存とでは、どちらがお金がかかるのでしょうか?

清水 フィルムはかさばりますから大きな倉庫なり、保管場所が必要ですよね。その費用は大変ですが、現状だとデジタルのマイグレーションにかかっていく費用と比較すると、最終的にはフィルムの方が安くつくんじゃないかといわれています。それとデジタルデータってぜい弱なのでプリントで焼けるんだったらプリントで残しておいた方がいいとは思います。プリントは画として残ってますので、多少何があっても揺るがず保管しておけるという安心感もありますので。

三浦 フィルムに焼いて残すのがベストな方法であり続けるわけですけど、いまは現像所も限られて、東京現像所さんとIMAGICAさんの2社のみになっています。

清水 現像所も現像機を新しく作っていませんので、老朽化していくばかりなんです。一から新しく設計して作ればいいのかもしれないのですが、それほど需要がありませんから、古い機械を修理して使っていく……という状況になっています。それもいつか使えなくなるときが来るかもしれない。

三浦 現像機はフィルムが回っても回らなくても、維持費がかかる。現像やプリントの売り上げによってそのコストを回収するという仕組みなので、発注があればあるほど1作あたりの単価が安くなるわけですよね。でも私たちアーカイブもフィルム複製に充てられる予算は限られているなかで、フィルム産業全体としては、新作映画とかCMでのフィルム製作というのが減れば減るほど全体の数が減り、1本あたりの単価が上がってくる。単価が上がってくると、私たちからするとますます発注する本数を減らさざるを得なくなる。そういう悪循環の方にいってしまうので、映画でもテレビでもCMでも、とにかく一人でも多くフィルムを使ってくれる人を維持していくしかない。

清水 新作にフィルムを使ってくれる作品もまだありますが、本当に少ないんです。撮影現場のスタッフもどんどん入れ替わるので、フィルムについての扱い方や知識が途切れてしまう可能性もあります。そうすると、使いたくても使えないという時代になってしまいますので、何とかして増えてくれるとありがたいですね。

――プリントが現像できなくなったら大変です。

三浦 フィルムはフィジカルなモノであるため、どうしても物理的・化学的劣化からは逃れられません。プリントが劣化すれば原版から新たにプリントを作る。原版が劣化すれば、マスターポジやデュープネガといった複製原版を作る。フィルムを安全に保管する環境を維持するだけでなく、そうやって、複製を重ねることが作品の保存には欠かせません。しかし、私たち自身では複製作業を行うことはできないので、現像所の皆さんをはじめフィルム産業が維持されていることが絶対に必要な条件なんです。

――では最後にそれぞれのお立場から一言いただけますか?

三浦 最初の話に戻るんですが、私たちが目指しているレストレーションは、新たな付け加えはせずにあくまでオリジナルに戻すことをコンセプトとしているがゆえに、ともすればクリエイティビティを排除するような事務的な作業のように捉えられかねない懸念もあるんですが、実際には、常に最先端のVFX技術と共に進化し、また同時に、連綿と受け継がれるフィルム技術者による阿吽の呼吸の上で成立するような仕事であって、非常にクリエイティブな一面があるものだと考えています。その意味では、我々が取り組むデジタル復元も商業ベースのリマスターも地続きであって、二項対立のように単純化する議論には違和感があるのですが、いずれにせよ、それらの仕事を支えてくださっているのは、まさに清水さんをはじめとするフィルム・デジタル両面での技術者さんたちの知見の積み重ねとご尽力にあるということに改めて感謝したいと思っています。今日はいろいろとお話しできて有意義でした。

清水 私たち現像所の人間にとっては、リマスターというのはビジネスベースでお客さんに観ていただくためにやっているわけですけど、その一方でこれは映画を守るアーカイブ事業も一緒に兼ねているんだ、映画作品の寿命を延ばすことに寄与できているんだ、という気概もありまして、このリマスター事業というのはとても重大な意義を感じながらやっているんです。ですから、今後もできる限りリマスターの本数を増やしていきたいですし、その一方で今後ともフィルムの活用法についても引き続き考えていきたいですね。
いずれにしても、映画は人に観られてはじめて生きる産業だといつも思っていますので、過去の作品も失われることなく、観たい人が観たい映画を安心して観られる時代になっていったらいいなと思います。今日はありがとうございました。

2021年11月、国立映画アーカイブにて
取材・構成/佐々木淳

三浦和己(みうらかずき)

国立映画アーカイブ主任研究員。電気通信大学卒。2000年、株式会社IMAGICA(現株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービス)入社。フィルムプロセス機器のメンテナンス、改良を担当の後、音声修復事業の立ち上げに参加。画像修復部門を経て、デジタルリマスター全般の技術窓口を担当した後、2014年より現職。NPO法人映画保存協会会員、一般社団法人日本映像アーキビスト協会会員。国立映画アーカイブでは、フィルム映画・デジタル映画の保存、復元を担当。

註釈

  • 1 テレシネ
    フィルム映像を放送用信号に変換する作業のこと。
  • 2 ファイルベース
    映像をコンピュータ・ファイルに保存し、映像処理・編集作業の一切をコンピュータ上で行うこと。
  • 3 レコードトーキー
    フィルムに音声を記録するサウンドトラック方式が誕生する以前に試みられていた、蓄音機と映写機を同期させて再生・映写する方式。「サウンド・オン.ディスク」「ディスク式トーキー」ともよばれ、世界初の長篇トーキー映画と呼ばれる『ジャズ・シンガー』(アラン・クロスランド監督、1927)もこの方式だった。
  • 4 タイミング
    フィルム映像の色彩を調整・補正する作業のこと。カットの前後の色味を合わせたり、作品全体のトーンを作ったりする。
  • 5 クラウドファンディング
    「わが映画人生」デジタルファイル化プロジェクトのクラウドファンディングは以下のサイトで受け付けられている。https://crowdfunding.artmuseums.go.jp
  • 6 DCP(Digital Cinema Package)
    映画作品を劇場にかける際の1つのデジタルファイル納品方式。
  • 7 LTO(Linear Tape-Open)
    2000年に発表されたコンピュータでのデータ保存用磁気テープ技術。カートリッジをドライブに差し込んで記録する。2021年末現在、第9世代(LTO-9)までが発表されている。
  • 8 デジタルジレンマ
    アメリカの映画芸術科学アカデミーが2007年に発表した報告書のこと。デジタルデータ保存の脆弱性を詳細に指摘し、長期保存のためにはフィルム保存が有益であると訴えた。さらに2012年には「デジタルジレンマⅡ」を発表している。
  • 9 IMF(Interoperable Mastering Format)
    パッケージメディア向けのファイル受け渡し規格。映像データと音声ファイル、各トラックの再生順序情報、再生先のフォーマットに合わせたトランスコード指示などがまとめられ、1つのパッケージでやり取りできるようになっている。

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