Feature

デジタルリマスターと映像アーカイブの可能性

Index

Chapter2 デジタルリマスターとアーカイブについて語ろう

『モスラ 4K デジタルリマスター版』(本多猪四郎監督、1961)のリマスター過程を伝えたChapter1に続いて、Chapter2では今後増え続けるであろうデジタルリマスターについて、さらにデジタル時代において映画作品を失わないためのアーカイブの方法についてのトークをお届けする。Chapter1にもご協力いただいた東京現像所・清水俊文氏とともにご参加いただいたのは、国立映画アーカイブ主任研究員で、かつてIMAGICA(現IMAGICAエンタテインメントメディアサービス、以降IMAGICA)で『地獄門』(衣笠貞之助監督、1953)、『幕末太陽傳』(川島雄三監督、1957)などのデジタルリマスター作業に携わった三浦和己氏である。

トーク:清水俊文(東京現像所)✖️三浦和己(国立映画アーカイブ主任研究員)

日本で最初のデジタルリマスターとは?

――今回、VECTORでは『モスラ 4Kデジタルリマスター版』に合わせて「デジタルリマスターと映像アーカイブ」という特集を組んだのですが、コロナ禍で一時新作映画の公開が見合わされたようなこともあり、最近、デジタルリマスターによる劇場公開が盛んになってきたような気がします。清水さんはその背景をどのように見られていますか?

清水 旧作のリマスター上映が増えてきたのは、これは来るべくして来たという感じがします。つまり映画がデジタルで上映されるようになってから、日本でも雪崩を打ったように35mmの映写機が撤去されて、いまはフィルム上映自体がほとんどできなくなっているんです。常設の上映施設だと、フィルム映写機のある名画座とか、国立映画アーカイブさんとか、本当に限られたところでしかできなくなりました。大都市圏や主な都市なら、まだ名画座がいくつかあるので35mm上映を観ることができますけれど、それ以外の地方に行くとほぼシネコンしかない状況ですので、そうすると過去の名作に出会うことなく皆さんが過ごしてしまう。そこで海外を含め、映画会社は過去の名作のデジタル化を進め、上映できる作品を用意しています。自宅のモニターで観るのもいいんですが、やはり劇場の大スクリーンで映画を観るのは大切だと思うので、プリントがデジタルで蘇り、それによって全国で旧作を観ていただけるというのは、映画にとってもすごく幸せなことじゃないかなと思います。ただ、レストア(傷消し、揺れどめなどの修復)してリマスター版を作るとそれなりにお金がかかりますから、現在、まだまだ本数が限られているのが現状です。とはいえ、各社がリマスターを進めている作品がコロナの代打として陽が当たるのは、ある面においては良いことと思います。

――デジタル化しないと、いまのシステムのなかではほとんどの映画館で旧作上映はできないということですね。レストレーションなしでデジタル化だけならば、もっと多くの作品がデジタル化できるんでしょうか?

清水 それはそうですね。リマスター版を作ることも大事ですが、とにかくデジタルにして、もっと旧作を観られる態勢を作るのも意味があると思います。とはいえ現実的には、よほどの映画ファンは別として、一般のお客さんはデジタル化というとキレイになった映像というのを期待されますし、特に映画館で観るときはレストアされてこそデジタル上映であるという感覚をお持ちです。だから、そのままデジタル化だけを行うという例は興行においては現状はまずないですね。

――放送に関してはどうなんでしょうか。

清水 放送に関しても現在はデジタル化しないとだめです。昔はテレシネ(1)して、ビデオ信号にはしていたんですが、いまはほとんど4Kですと完全なデータ放送になりますので、同じようにスキャニングして、レストアして、リマスターのデータとして完成させています。ただ放送用の場合は、リマスターの度合いに差はあります。つまり放送の場合は、いまは本数も多くやらなければならないし、時間も予算も限られているわけです。放送に間に合わないのでレストアのレベルをちょっと変えて、一般の方が観たらまずわかりませんけど、私たちから見るとちょっと違いがわかる放送用としてリマスター版を作るということもあります。

――日本でのデジタルリマスターのはじまりは、いつごろに遡るのでしょうか?

三浦 私がIMAGICAにいた2005年に、松竹さんが『砂の器』(野村芳太郎監督、1974)のデジタルリマスター版を作成しました。そのときが本格的なファイルベース(2)でのデジタルリマスターの皮切りとなります。もともとIMAGICAではパラ消しというフィルムに付着したゴミによって表面に現れるパラパラした汚れをデジタルで消す作業はしていたんです。昔のテレビシリーズの時代劇などを再放送するときにパラ消しをするというのは結構前からあったことなんですが、ゆれ止めとかフリッカーを全編にわたって直す、ということはやっていなかったんです。それが『砂の器』以降は本格的なレストレーションをやるようになりました。私はそれに関わってはいなかったんですが、本格的なファイルベースでのポストプロダクションとして象徴的な事業だったのですごく注目していましたし、そのころから海外のリマスター版のBlu-rayなどが出ると取り寄せて、これはどういうふうに修正したんだろうと研究していましたね。当時は一大事業で予算も大掛かりでした。それがデジタルリマスターというものだと思っていましたが、いまの本数を見ると、進んだなあと思います。

清水 そのときは2Kでやったのですか? それとも4Kで?

三浦 「映画撮影」誌にも書かれていましたが、スキャンは4Kで、レストアは2Kでした。当時は試行錯誤の末にスキャンは4Kでやってそこから2Kに戻すのがいちばんいいということになったと聞いています。結局、あのあたりから積み上げてきたスキルが連綿といまに続いているのだと思います。

清水 2014年に『ゴジラ』(本多猪四郎監督、1954)のデジタルリマスター版を東京現像所で制作したときですら、そのころまだ4K-DCPがあまり導入されていない時期だったので東宝からはオール2K作業でいいというお話だったんです。でもせっかくやるならスキャンだけでも4Kでやっておきませんか、とお伝えして通してもらいました。だから2005年の『砂の器』のときに、すでに4Kでスキャンをされていたのは慧眼があったなと思います。4Kでとっておけば、いまの時代でも、そのスキャンデータを使えますからね。

三浦 2005年というと、ちょうど日本でDIがはじまる年なんです。フィルムから全部デジタルデータに変換して、デジタル上で編集や色彩調整を行なって、完成したデータをフィルムアウトしてフィルムで上映する。フィルム→デジタル→フィルムで。中間がデジタルなので、デジタル・インターミディエイト(DI)といわれるワークフローなんですが、日本ではじめて完全なファイルベースのDIフローでやったのが『砂の器』のデジタルリマスターになるかと思います。現在のデジタルで映画を作っていくという基礎が、あのあたりでぎゅっと密度高く研究されていったところがあると思うんです。

リマスター作業の進化について

三浦和己氏三浦和己氏

――三浦さんご自身は、『砂の器』には関わっていないということでしたが、そのあと、どういった流れでレストレーションに関わっていくことになったのですか?

三浦 私は2000年にIMAGICAに入社したんですが、大学が機械科で、入ったときには機械屋として入っているんです。プリンターのメンテナンスとかそういう仕事で入って、そのあと音声レストレーション事業の立ち上げに参加しまして……。

――音声レストレーションというのは、旧作の音声の修復?

三浦 はい。不要なノイズ分をカットするという「ノイズリダクション」という作業を担当していました。その事業の立ち上げにあたり、映画の修復についていろいろと調べていくなかではじめてフィルムセンター(現:国立映画アーカイブ)の存在を知ったという具合で、恥ずかしながら、それまではフィルムアーカイブについてほとんど知らなかったんですよ。

――デジタル上映するために音だけ聞きやすくしておこうと……。

三浦 詳しくはあとで触れますが、そういうことですね。そのあと、フィルムセンターの研究員の方から、レコードトーキー(3)の復元という依頼があったんです。レコードトーキーというのは、画の方はサイレント、その映写機と同期したレコードプレーヤーがあって音はそちらから、という上映方式です。復元ではその音をレコードからデジタル化するのですが、これが思っていた以上に大変な作業だったんです。通常のSP盤は分78回転ですが、そのシステムでは80回転でこれをどう実現するかが最初のステップでした。さらに音には録音特性と再生特性というのがあって、何らかのメディアに情報を記録するときには、ある特性をかませてから収録するんです。ですからレコードに録音するときもそれをするわけですが、レコードトーキーの時代はまだそこが統一規格化されておらず、レコーディング方式によってバラバラなんです。そうすると、これはどういう特性で引っこ抜いたら、ちゃんとした元の音に戻るんだろう?というところの調査からはじめ、さらにそれを戻してから音ネガに入れるから音ネガのための逆特性もかけなければいけない。そういう細かい調査・研究の毎日でした。あの当時の現像所の仕事は基本的に大量焼き増しがメインなので、均一の品質のものをいかに効率的にあげていくかというタイプの仕事だったわけですが、レストレーションの場合は本当にひとつひとつなんです。ひとつひとつどうすればいいのかを考え、何か間違ったことをやってしまうと全然違う結果になってしまう。そういう怖さをそこで知りまして。それが私のレストレーションの原体験というか。いまの仕事のモチベーションにつながっているんですよ。 そのあと、画の修復の方に移りまして『なまくら刀』(幸内純一監督、1917)や『紅葉狩』(柴田常吉[撮影]、1899)の復元などを担当したあと、修復作業の技術窓口として、『地獄門』デジタル復元版、『幕末太陽傳』デジタル修復版などをやらせていただき、2014年からはフィルムセンター、つまり現在の国立映画アーカイブに来たというような流れです。

――そのときの『地獄門』とか『幕末太陽傳』のデジタルリマスターは、それぞれ映画会社による発注ですか?

三浦 そうです。『地獄門』については、当時、地デジへの完全移行期で、デジタル放送の高品質をアピールするためにNHKさんからの協力があって実現したんです。同じく4K放送への移行期にもリマスターは活躍しました。開始当初は新たな4Kのコンテンツなんてそうそうは作れない。そのときに、35mmフィルムは4K並みの情報量を持っているということから、リマスターの需要が広がったんです。

清水 いま挙がった地デジ移行期のころのデジタルリマスターは、きっと現在とは桁違いの予算や時間をかけていますよね。何ヶ月くらいかけていましたか?

三浦 そのころでもまだ2本延べで1年ぐらいはかけていたんじゃないかと思います。機械の作業速度も当時はいまとは比べものにならないほど遅いですから、手間も時間もかけていました。

清水 スキャンの速度ひとつでも違いますね。弊社でも最初のころ「ARRISCAN」という機械でやっていたころは1秒に2コマくらいしか撮れませんでした。いまの機械、「SCANITY」とか「SCAN STATION」だと1秒15コマは撮れますから、そのころは1週間かかっていた量のスキャンがいまは1日で終わります。速度が格段に上がりました。

三浦 それとスキャナーの機構としての大きな違いは、当初のフィルムスキャナーというのはオプチカルプリンターみたいなものでした。フィルムをガチっとピンで止める。フィルムを固定して精度よくデジタル化しなければいけないんですが、旧作の劣化したフィルムをかけようとすると変形しているので絶対に通らないんです。スキャナーの技術者に「こんなにつなぎが多くて劣化したフィルム、怖くてかけられないよ」と。なのでオリジナルネガが残っていても、そこからスキャン用に1回フィルムを複製していたものが多かったんですね。それが、ある時期から直接ネガからスキャンをするという方向に変わってきた。

清水 スキャナーが進化して、フィルムをピンで固定しなくてもいい、劣化したフィルムにも優しい機械が出てきたからですね。弊社でも最近は、これはこのスキャナーにかからないからこっちのスキャナーでやろうとか、こっちよりこっちの方がいいんじゃないか、といろいろな議論があります。

三浦 スキャンのあとのレストア作業にしても、2005年当時はレストレーションのための専用のソフトがようやく出回りはじめたころで、自社開発のソフトに加え、VFXの機械を併用しながらやっていたんです。「INFERNO」といった合成をするための機械で、その機能を使ってレストレーションをするとか。そのあと、レストレーションという独立したビジネスがあるんだってことが一般化して、専用の機械がどんどん出てきました。

清水 いまは海外のソフトが潤沢にあるし、機械がきちんと作業してくれるので、前より時間が遥かに短縮できるようになりましたけど、昔は本当になくて、弊社でも自社制作のソフトを開発したりしていました。ただ、これだけ進化した現在でも、まだソフトでも手作業でも直しきれないところはありますね。そういうときはやはりVFX関係の機械を活用して作業してしまいます。

リマスターとはどうあるべきか?

  • 『忠臣蔵』[デジタル復元・最長版]特別上映会(2018年12月14日)『忠臣蔵』[デジタル復元・最長版]特別上映会(2018年12月14日)
  • 『日本の娘』[デジタル復元版]特別上映会(2019年10月26日)『日本の娘』[デジタル復元版]特別上映会(2019年10月26日)

――ところで最近「真正なリマスターとはどうあるべきか?」という記事を見かけたり、リマスターのあり方が議論されたりしています。つまりデジタル技術でどんどん旧作をキレイにしちゃっていいのか?ということだと思うのですが、この点についてお二人のお考えはいかがですか?

三浦 それは、そもそもリマスターという言葉自体をどう捉えるかということにも関わってくると思うんです。ちなみに国立映画アーカイブでも2017年『ジャズ娘誕生』(春原政久監督、1957)、2018年『忠臣蔵』(牧野省三監督、1910)、『浮草』(小津安二郎監督、1959)、2019年『日本の娘』(ニープ監督、1935)などのデジタルリマスター版を上映してきたのですが、当館が主体的に行う事業では「リマスター」とは呼ばず、「デジタル復元版」として、オリジナルに戻すということをより明確に打ち出しています。それから、2017年の「よみがえるフィルムと技術」で上映した『時をかける少女』(大林宣彦監督、1983)や、2018年の「発掘された映画たち2018」で上映した『セーラー服と機関銃 完璧版』(相米慎二監督、1982)などは、デジタル技術を使わずに、レストアではなく、当時のフィルムの色彩を蘇らせるべくカメラマンと共にタイミング(4)で追い込んだので、「再タイミング版」と呼んでいます。

――アーカイブにおけるリマスター=「デジタル復元版」というのは、特にどういうところに神経を注がれているのですか?

三浦 興行をする映画は「商品」であると同時に、記録・歴史としての価値という側面もあるわけですが、映画を文化財として捉えるアーカイブとしては当然そこを重視するわけです。例えば先ほど話に出た「リマスターの度合い」ということを具体的にいうと、時間やお金をかけるから隅々までキレイになる、かけないからならない、ということではなく、パッと見ではほとんど差がないんです。ただ、ひとコマひとコマを厳密に見ていくと、デジタルの処理が主にコンピューターによる自動処理がメインなため、意図せずなにか別の要素が発生してしまったりすることがある。「復元する」ということは、そういうところもひとコマずつ見て、ここの部分は元に戻そうとか、そういう作業を丁寧に丁寧にやっていく。つまりアーカイブ的にはデジタル処理を加えることによって、オリジナルにもともとなかった別のものを発生させてしまうのが作品の改変につながるという意味でいちばんの罪なんです。それが画がキレイになることよりも重要なテーマになってきます。そうすると、商業ベースでのやり方と、アーカイブのやり方だとワークフローが全然違ってくるんですね。一例としてあげると、『千人針』(三枝源次郎監督、1937)という、邦画で現存が確認されているなかでは最古の長編カラートーキー映画のデジタル復元を行いました。これは1930年代の作品で、当然ながら制作当時に関わられた方はもうどなたもいらっしゃらない。しかもその作品は当時の2色式のカラーシステムだったんです。3色ではなく2色の組み合わせのカラーですから、どう考えても出せない色の領域がある。でもデジタルだと出せてしまうんですよ。それでIMAGICAさんに協力してもらって、2色式で出せない領域の色が画面上に出たら警告表示をするような仕組みを作ってもらってグレーディングしたんです。そういうことって、商業的には絶対にやらないアプローチですよね。また2017年に大林宣彦監督の『時をかける少女』の再タイミング版を製作したときは、当時の阪本善尚キャメラマンとタイミングマンの鈴木美康さん(現:国立映画アーカイブ職員)に監修者としてご参画いただき、いったんテストプリントを焼いてフィルムにして、それを参考にしながら再びタイミングを修正するということを何度も行いました。いまのフィルムは当時使われたものとは違う特性をもっているので、それで当時の正確な色を再現するには、そこまでの作業が必要だったんです。

『千人針』デジタル復元版と『時をかける少女』再タイミング版ほかが上映された特集「よみがえるフィルムと技術」(2017年5月)『千人針』デジタル復元版と『時をかける少女』再タイミング版ほかが上映された特集「よみがえるフィルムと技術」(2017年5月)

――制作当時の監督やキャメラマン、現像所のタイミングマンさんなどに立ち会って監修していただく、というのはやはり重要なことなのですね。

三浦 タイミングシート(Chapter1の記事を参照)の情報はありますが、例えば「ここはなぜこういう画になっているんだろう?」というシーンにぶち当たったときには、このシーンはどういう演出意図をもってなされたのかとか、撮影したキャメラマンの個性を知ることなども大事です。『幕末太陽傳』のときは、とあるシーンのカットバックで画面の明るさが揃ってなかったんです。多くの場合はそういうとき、タイミングで明るさの加減を揃えるので最初のグレーディングではそうしたのですが、あとから監修者の方が「このシーンは照明の設計上、行燈との距離や角度を意識して、わざと変えていたと考える方が自然です」と教えてくださって再調整しました。それとモノクロの画面をかなり柔らかい階調に持っていったんです。例えばいま、旧作のBlu-rayなどを見ると、モノクロ画面を硬くてシャープなバキバキの「かっこいい画」にしているものもありますけど、その真逆の方向です。そういうのも、制作された時代のルックや当時の技師さんのクセや特徴を知っていなければわからない。

清水 1作目の『ゴジラ』はクライテリオンから出ているんですが、東宝発売盤よりもクライテリオン盤の方がモノクロの締まりがシャキッとしているんです。明るいところは明るく、暗いところは暗くしている。よくTwitterとかで画像比較されて(笑)、やっぱクライテリオンの方が画質がいいねえとか書かれると、違うんだよ!公開当時に忠実に作ってるのに。この暗いところの、暗いけど見えるこのギリギリのところをもっと見てくれよ!と思うんです。でもいま観ている人たちが昔の映画の階調を知らないから、こちらの狙いが伝わらないのがくやしいですね。

作家性と「復元」の狭間で

――東京現像所さんではどうですか? リマスターのあり方というか、基本方針。

清水 弊社では、まあ「デジタルリマスター」と呼んでしまってはいるんですけど(笑)、リマスターの解釈としては「マスターを作り替える」ではなく「フィルムから(デジタルに)媒体を置き換える」という意味でそういっています。ですから基本的には国立映画アーカイブさんの「復元」の考え方に依っているんです。オリジナルの状態で見られるように復元する。新しい修正を加えない。歴史の改ざんをとりあえずはしないという点では一緒ですし、それがこのリマスターという作業の基本かなと思っています。ただ興行や放送という商業目的がありますから、絶対にその一線を譲らない、というわけではありません。先ほどのタイミングシートを用い、監修者を立ててやるということも同じなんですが、アーカイブではないので、監修者の意向にも左右されます。例えばウチで『八甲田山』(森谷司郎監督、1977)の4Kデジタルリマスターをやったときは、森谷監督がすでに亡くなられていますので木村大作キャメラマン(現:監督)に監修していただいたんですが、このときの木村さんの思いとしては、「このデジタルリマスターをもって作品を完成させる」ということだったんです。当時、苛酷な撮影現場で森谷監督の希望通りに照明機材を雪山にろくに運べず、役者さんの顔が暗く沈んで見えなかった。そういうところはいまのグレーディングで調整できてしまいますから、当初の意図とおりに見えるようにしましょう、と。そうしてようやくこの4Kデジタルリマスターで当時思い描いた形の作品になりました、というわけです。できあがった4Kデジタルリマスター版は役者の顔がオリジナルよりも遥かによく見えるようになり、当時の関係者も大満足でした。私も撮影所で助監督をやっていたからわかるんですが、映画の現場って引き算なんですよね。最初は理想が頭のなかにあって、撮影していくうちに、理想通りにいかなくて、妥協の連続で映画ってできあがる。いまのデジタル技術だとそれが補完できてしまう。だから当時の理想に近づけようとしちゃうんです。ただオリジナルは当時の記録として絶対に失ってはいけないもの。大切です。ですのでこういったときは調整する前のデジタルデータも残して、両方を保存するようにしているんですよ。

『銀輪』は近年においては、特集「映画の教室2019」(2019年5〜7月)で上映されたほか、特撮を担当した円谷英二にちなんで「生誕120年 円谷英二展」でもビデオ展示された。『銀輪』は近年においては、特集「映画の教室2019」(2019年5〜7月)で上映されたほか、特撮を担当した円谷英二にちなんで「生誕120年 円谷英二展」でもビデオ展示された。

三浦 そのへん難しいところですね。IMAGICAにいた2009年に松本俊夫監督の『銀輪』(1956年)のデジタル復元版の作業をやったのですが、監修として監督ご本人がいらっしゃったんです。この作品は抽象的な作品で、黒バックのなかにグルグル回転する自転車の車輪が現れるんですが、作品のほとんどが実景で撮影されていないんです。実景があるとノーマルの色味はこの辺だというのがだいたい想像できるんですが、スタジオ内で照明で作り込まれているとわからない。そこで監督にジャッジしていただいた。印象的だったのは、例えば黒ひとつをとっても深い赤や深い緑など様々で、その目指す黒のゴール地点は曖昧なわけですが、監督はこの黒バックは宇宙なんだ、つまり青を深めた黒なんだと。「黒」という単色のレベルで、監督が当時目指したイメージを具体として共有することができることはそうそうないと思いますが、全体のトーンを把握する上で非常に重要なお示しでした。その一方で、車輪については宇宙から現れるギラギラとした金属の光沢こそが重要なのだから、極めてハイコントラストな画こそが製作意図だ、と。松本監督は作業の前から「復元」というコンセプトについては何度も明言されており、あくまでそのコンセプトの範疇において、制作意図をお示しいただいた形ですが、いざ実際の作業として調整をはじめると、どこまで調整すべきか非常に悩ましい。ポスプロ側にいた身としては制作者の「意図」を具現化したいという欲求も強くありましたし、監督ご本人も制作者として当然同じ思いを持たれたのではと思います。デジタル技術はそれを易々と実現できてしまう分、余計に判断が難しくなってしまいますが、行き過ぎれば、それはもはやフィルムの画ではなくなってしまう。お示しいただけるのはあくまで方向性であり、絶対的な正解が数値で示されるわけではないので、毎回、試行錯誤の連続ですが、常に「復元」というコンセプトの基でゴールを探るような作業を行っています。 それでもやはり、当館が行う「リマスター」はあくまで「復元」であってオリジナルに戻すことです。ただ一般的には、商業的な意味での再価値化といった観点はもちろん、当時の製作者によるクリエイティビティは、それを実現できる技術の発達とともに成されていくのも必然といいますか、ですので商業的な意味でのリマスターとしては、きっと今後は一概に「リマスター」と呼ぶのではなく「リニューアル版」とか「リボーン」とか、わかりませんが、いろいろな整理・展開が起こってくるのではないかと思います。 また、その一方で、リマスターに別の方向性も出てくるんじゃないかとも思っています。例えば国立映画アーカイブで2018年に70mmフィルムで上映した『2001年宇宙の旅』(スタンリー・キューブリック監督、1968)。あれはクリストファー・ノーランが監修した、フォトケミカル工程のみで制作したアンレストア版だったわけですが、同じように、写真でいうヴィンテージフィルム的な価値観の元で、あえてアナログプロセスのみのアンレストアということを、ひとつの価値として打ち出していくことはフィルム上映の機会が減っていくなかで、これから十分ありえるんじゃないかと思います。 思えば、これまではいかにキレイにしていくかというのがリマスター版のチャレンジだったわけですけど機械もどんどん進化して、フィルムのダイナミックレンジをデジタルがカバーできるようになった現在は、むしろ制作された時代のフィルムの特性=フィルムルックを含めてデジタルでどう再現するのかという、もう少し根本的なところに注目点が移ってきているところがあります。新しい技術による、より厳密な再現がある一方で、商業的にはリニューアル版、さらにアンレストアがあるといったいろいろな振れ幅のものが出てきてもおかしくないと思っているんです。

音に考える「オリジナル」の意味

キャプション「アンレストア版が逆に注目を浴び、全回満員の人気を博した『2001年宇宙の旅』70 mm版特別上映(2018年10月上映)」アンレストア版が逆に注目を浴び、全回満員の人気を博した『2001年宇宙の旅』70 mm版特別上映(2018年10月上映)

――リマスターするときに、整音はとても難しい作業だといわれています。

三浦 ある意味では映像よりも判断が難しいと思います。まず「オリジナルに戻す」ということを意識するとき、フィルムに記録されている情報をそっくりそのまま受け継ぐのが正しいかと考えると、音に関しては必ずしもそうじゃないと思うんです。先ほどノイズリダクションの話をしましたが、そもそもなぜノイズリダクションという作業が必要かというと、フィルムには、ものすごく低音や高音のノイズまでが記録されているんですが、これは制作当時の上映環境では聞こえなかった。それがいまの優れた装置・環境で再生してしまうと非常に目立ってしまう。そこで、ノイズリダクションが必要になってくるんです。つまり、フィルムに記録された情報ベースでなく、あくまで体験ベースで当時の再現を目指すという考え方です。

清水 いまのスピーカーだと当時再生できなかった音まで出てしまいますね。キャメラノイズ(キャメラの駆動音)とか当時はたいして聞こえなかった音までが聞こえてくるようになって、それを取ってもいいのかどうかを毎回悩みながら作業しているところがあります。キャメラノイズなどはどうしていますか?

三浦 リマスターでは画と同様に様々な判断がありますが、ノイズリダクションの範疇ではキャメラノイズとはっきりわかるところ(自然音として記録されているもの)は手を入れないのが基本です。サウンドトラックが正常な位置で複製されずにパーフォレーションの影が入ってしまうとブーンというノイズが出ますし、フィルム上のゴミなどはパチッというノイズ、生フィルムの製造時の問題でもノイズは入ったりしますが、そういった自然音と認められないものはノイズと判断している形です。

清水 弊社は基本、手を入れないんですが、カットバックのときなどに片方だけキャメラノイズが大きく聞こえて、それがカットごとに出たり消えたりしてしまったりすると、観ていて映画に集中できなくなってしまうので、こういうケースはノイズを少し下げていました。アメリカのリマスター版なんかをじっくり聞いてみると、日本とは音作業のコンセプトが違って、ノイズを徹底的に取っている。ただ私たちが同じことをやってみると無音ってすごく違和感があるんです。つまりフィルム上映って何かしらの音が出ているので、ちょっと安心できるところがあるんですけど、デジタルで無音だと本当に音が何にもないので気持ちが悪いんですよ。なのでうっすらとノイズを残して、フィルム上映らしさというか、空気感を残そうということでやっています。それとノイズを取り去ることによっても当時は聞こえていなかった音がまた聞こえてくるんですね。監督のカット!の掛け声とか、『七人の侍』(黒澤明監督、1954)では小田急線の警笛とか。

三浦 (笑)。「サー」という音であったり、画の粒子(グレイン)感であったりはノイズとして捉えられがちですが、実際には清水さんのおっしゃる空気感を決定づける非常に重要な要素だと思います。それと、オリジナルネガというのは本当にすごい情報量が隠れていて、これはネガスキャンの映像に対しても感じることなんですが、当時の映画館で観ていた人たちはネガからアナログ的に複製されたポジフィルムを観ていたわけですから、こんなにクリアな画を観ていたわけではないし、いまのようなガッツリと遮音・吸音された環境で、こんなに微細なところまでの音を聴いていたわけでもない。と考えると、いま4Kでリマスターしようというときに、ポジからスキャンすると、ポジの情報の全てをデジタル化できるわけではないので、その意味ではオリジナルネガから作業するのがベストなわけですけど、そこで得られた情報の全てをそのまま活かすのは必ずしも正解ではないという思いも多少あるんですよ。画の場合はそもそもネガの階調からポジの階調に変換するなかで情報がそぎ落とされますが、音についても同様にポジのトーンをどう捉えるかは重要なポイントだと考えます。

清水 そう考えたときにじゃあどこを目指すのかと考えると、私個人としてはお客さんに「リマスターってことを忘れて作品に入りこむことができました」といわれるところを目指したい。

デジタルデータ保存の難しさ

――ところで、作品のアーカイブ(長期的な保存)ということに絡めて、ここからは映画のデジタルでのアーカイブということについてもお訊きしてみたいのですが。

清水 上映や放送のためにということではなく、映画会社も各社少しずつ、フィルムのデジタル化への変換を進めているようですね。なぜなら保管しているフィルムのなかには、今回の『モスラ』のように劣化して大急ぎで救わなくちゃいけない作品も少なくないんです。常日頃から検査をして、状態の危ない作品を見つけて、傷んでいるところは修復して、ビネガーの進行状況はどうだ、というのをチェックすることが重要です。そうしたデータベースができあがっていると、こういうリマスター版を作るときなども安心して作業できるんです。ある作品をリマスターしたい!といっても「(フィルムを)取り寄せたら使えないよ」といったことも実際にありますので、日頃からのそういう作業があってこそ、作品を救っていけると思うんですよ。

三浦 私はアーカイブ的な立場からお話ししますと、やはりいちばん問題なのはデジタルデータの永続的な保存の問題です。いま国立映画アーカイブでも、ボーンデジタルの映画(最初からデジタルで作られた映画)も寄贈したい、という話がいろいろと来ていて、その態勢を整えているところなんです。それと喫緊の課題はビデオテープですね。フィルムからデジタルへの移行期にはビデオテープが原版の作品も数多くあって、これを早い段階でデジタルファイル化しなければならないと伝える活動もしています。

2021年10月26日に行われた緊急フォーラム「マグネティック・テープ・アラート(膨大な磁気テープの映画遺産を失うまでにできること)」には200人を超える聴衆が集まった。2021年10月26日に行われた緊急フォーラム「マグネティック・テープ・アラート(膨大な磁気テープの映画遺産を失うまでにできること)」には200人を超える聴衆が集まった。

清水 先日、国立映画アーカイブで行われた「マグネティック・テープ・アラート:デッドライン2025」(磁気テープのビデオ映像は、2025年までにデジタルファイル化されなければ、永遠に失われかねない――というユネスコからの警告)のシンポジウムは私の周りでもかなり話題になっています。あのあと、東京現像所にもいくつも問い合わせが来ていました。いままでフィルムの方を早くデジタル化しておこうと思ったけど、テープが先の方がいいですか?と。テープでしか存在しないものはテープを先にやった方がいいかもしれませんとお答えしたのですが……。

三浦 シンポジウムではオーストラリア国立フィルム&サウンドアーカイブ(NFSA)による「デッドライン2025: 危機にさらされるコレクション(Deadline 2025:Collection at Risk)」、あるいはユネスコ及び国際音声・視聴覚アーカイブ協会(IASA)による「マグネティック・テープ・アラート・プロジェクト(Magnetic Tape Alert Project)」を取り上げたわけですが、実はデッキのサポート終了は2023年なんです。じゃあなぜ彼らは2025年と打ち出しているのかといえば、そこには2年ぐらいは予備部品もあり、技術者も確保できる見立てがあるからで、そういう状況にない機関にとっては、実はもっと差し迫った問題なんです。

清水 日本でその一環として行うのが「わが映画人生」のデジタルファイル化プロジェクトというわけですね。あれは貴重な記録ですよね。もうお話を聞けない監督のインタビューも数多く収録されているので全部観たいです。ちゃんと保管して後世に残していかなければいけない。

三浦 日本映画監督協会が長年にわたって記録してきた監督インタビュー「わが映画人生」。その多くの原版がビデオテープなんです。それらを長期保存していくために、ビデオテープ完成原版約110篇をデジタルファイル化しようというプロジェクトで12月1日から国立美術館のサイトでクラウドファンディング(5)をはじめています。

清水 その「わが映画人生」もそうですが、デジタルデータについては国立映画アーカイブではどういう保存方法をしているんですか? 例えばいまだったら映画の多くはDCP(6)で寄贈されてくると思いますが、それもDCPをハードディスクのまま保存した方がいいのか、LTO(7)なりなんなり、別の媒体に移して保存するのか?というのは悩みどころです。

三浦 データを国立映画アーカイブで保管する場合は、基本的には我々はハードディスクとLTOの正・副という形で、都合同じデータが3本ある状態を作っています。その場合、基本的にはハードディスクに入っているものを活用するようにして、保存用は正副のLTO。副は1回作ったら基本的にはもう使わないもの、正に何かあったときだけ副を使うと。これは「3-2-1」のルールというのを基本にしていまして、同じデータを3つ持ちます。それが「3」。で、保存するフォーマットは2種類以上にしましょうと。それが「2」。で、最後の「1」は災害があったときのことを考えて、どこか1つ別のところに保管するようにしましょうと。その「3-2-1」の法則を意識してやっています。

清水 デジタルになると保存をどうするか、というのは本当に悩みが尽きないです。フィルムは劣化させずに保存すればいいんですが、デジタルだとLTOで保管していても、何年後かには使えなくなりますと、それも保証つきで使えなくなるといわれていますので(笑)。定期的に入れ替える作業をしていかなければいけない。それがこれからの課題になってきます。

三浦 俗に「フォーマットの陳腐化」といわれる件ですね。新しいフォーマットに切り替わっていくので従来のフォーマットがサポートされなくなっていく。そうするとマイグレーション(媒体を何年かごとに置き換える作業)をしないといけない。

清水 画だけではなく音にも同じ問題が迫っていて、アナログのドルビーの音のデータは早く救わないとまずいですね。ドルビーステレオの音声は特殊なデコーダーがないと分離ができないんです。そのデコーダーをもう作っていないし、修理もしていないので。いま残っているデコーダーを大切に使いながら、何かあるときはそれを使って、チャンネルを分離してデジタルにして残していくんですが……。これも早くしないとビデオデッキと同じで、デコーダーが壊れたらできなくなってしまうので、そこも本当に急がないといけないだろうと思います。

デジタルだからこそルールが必要

――そういったデジタルの保存について、今後もっとも大切だと思われることは何でしょうか?

清水 外国は国がアーカイブに力を入れている。日本は国立映画アーカイブさんが頑張ってくれていますが、もっと大きな流れとして国自体が映像財産を残そうという方向になってほしいんです。日本は各映画会社まかせですよね。映画は各社の財産なので、それぞれが自分のところで管理しなさいというのはそれはそれでもっともな話だとは思うのですが、今後ビジネスになるかわからない作品をどのくらいのお金をかけてアーカイブするかというと、各社の事情にもよるのでバラバラなままです。公的なしくみで動けば、保存のルールもできていくように思いますが。

三浦 確かに企業の財産に対して公費を投入するというのはハードルが高いという考えもありますよね。海外でも全て公的機関まかせではなくて、例えばメジャースタジオは非常に強力なアーカイブ(部門)を持っていて自分たちで管理しています。ただ国の関わり方で日本と海外のいちばん大きな違いは、法的な基盤のところだと思います。法定納入制度を敷いている国の場合は製作されたら必ず国のアーカイブに保存されるので、そこで網羅的な保存が国の法律で保たれる。アメリカは法定納入制度はないんですが著作物の登録を行うためにアメリカの議会図書館にDCPが集まるので、そこでDCPを保存する。そういう法的な基盤の有無が大きいと思います。 さらにいうと、デジタルデータの保管でもうひとつ大事なのは、保管するときのLTOに落とし込む前の段階、ファイルをどう整理するかとか、そのファイルにどういう情報を一緒に持っておくかという、データのセットみたいなものをどうするかという議論はまだまだ足りないところなのかなと思います。デジタルだと、あるファイルをパソコンの画面で再生させても、それがそのまま上映するときの色じゃなかったりするんですよね。色々な目的に応じてデータを変換する必要があるんですが、正しく変換するために必要となるデータが「原版」データから漏れていたりするので、それも必ず一緒に残しましょうよ、みたいなルール。そういうデータのセットみたいなもの、こういう情報は残しておかなければいけないという規格を、みんなが共通して使いはじめたら、相互にデータをやりとりしてもすぐ使えるようになりますから。

清水 ファイルもそのファイル形式が将来的にも使えるのかどうか、みたいなこともなくはないので保存形式の規格化と保存に関する情報共有化は必要ですよね。JPPA(日本ポストプロダクション協会)もテープメディアなどを変換する際にファイル形式の統一を図るべきだといっていますが、例えば映画のアーカイブでスキャンするときはこのデータは絶対残す、といった指針みたいなものがあれば、すごくわかりやすいかもしれない。その点ではアーカイブさんが普段とられている方向性を、各社に「こういうのでどうですか」と発信して、少なくともこれは残してください、とやってもいいかもしれないです。

三浦 「デジタルジレンマ」(8)を発行した映画芸術科学アカデミーでは、デジタルでの映画製作のワークフローについて整備を進めていますが、そのなかで原版データの保存形式として推奨しているものに、IMF(Interoperable Mastering Format)(9)というフォーマットがあります。Netflixが納品用データのフォーマットとして採用しているんですけど、海外ではそういう取り組みがはじまっていて、国際規格化が進んでいます。これまで作ったものも全部これに変換しようとしたら、えらく大変そうではありますが(笑)、今後に向けて非常に重要なテーマだと思います。

フィルム保存があってこそのデジタル

――素人考えですと、デジタル化するのはお金がかかるが、一度デジタルのデータを作ってしまったら効率的に保管できるんじゃないかと思っていましたが、実際は全く違うということですね。現実問題としてフィルムでの保存とデジタルでの保存とでは、どちらがお金がかかるのでしょうか?

清水 フィルムはかさばりますから大きな倉庫なり、保管場所が必要ですよね。その費用は大変ですが、現状だとデジタルのマイグレーションにかかっていく費用と比較すると、最終的にはフィルムの方が安くつくんじゃないかといわれています。それとデジタルデータってぜい弱なのでプリントで焼けるんだったらプリントで残しておいた方がいいとは思います。プリントは画として残ってますので、多少何があっても揺るがず保管しておけるという安心感もありますので。

三浦 フィルムに焼いて残すのがベストな方法であり続けるわけですけど、いまは現像所も限られて、東京現像所さんとIMAGICAさんの2社のみになっています。

清水 現像所も現像機を新しく作っていませんので、老朽化していくばかりなんです。一から新しく設計して作ればいいのかもしれないのですが、それほど需要がありませんから、古い機械を修理して使っていく……という状況になっています。それもいつか使えなくなるときが来るかもしれない。

三浦 現像機はフィルムが回っても回らなくても、維持費がかかる。現像やプリントの売り上げによってそのコストを回収するという仕組みなので、発注があればあるほど1作あたりの単価が安くなるわけですよね。でも私たちアーカイブもフィルム複製に充てられる予算は限られているなかで、フィルム産業全体としては、新作映画とかCMでのフィルム製作というのが減れば減るほど全体の数が減り、1本あたりの単価が上がってくる。単価が上がってくると、私たちからするとますます発注する本数を減らさざるを得なくなる。そういう悪循環の方にいってしまうので、映画でもテレビでもCMでも、とにかく一人でも多くフィルムを使ってくれる人を維持していくしかない。

清水 新作にフィルムを使ってくれる作品もまだありますが、本当に少ないんです。撮影現場のスタッフもどんどん入れ替わるので、フィルムについての扱い方や知識が途切れてしまう可能性もあります。そうすると、使いたくても使えないという時代になってしまいますので、何とかして増えてくれるとありがたいですね。

――プリントが現像できなくなったら大変です。

三浦 フィルムはフィジカルなモノであるため、どうしても物理的・化学的劣化からは逃れられません。プリントが劣化すれば原版から新たにプリントを作る。原版が劣化すれば、マスターポジやデュープネガといった複製原版を作る。フィルムを安全に保管する環境を維持するだけでなく、そうやって、複製を重ねることが作品の保存には欠かせません。しかし、私たち自身では複製作業を行うことはできないので、現像所の皆さんをはじめフィルム産業が維持されていることが絶対に必要な条件なんです。

――では最後にそれぞれのお立場から一言いただけますか?

三浦 最初の話に戻るんですが、私たちが目指しているレストレーションは、新たな付け加えはせずにあくまでオリジナルに戻すことをコンセプトとしているがゆえに、ともすればクリエイティビティを排除するような事務的な作業のように捉えられかねない懸念もあるんですが、実際には、常に最先端のVFX技術と共に進化し、また同時に、連綿と受け継がれるフィルム技術者による阿吽の呼吸の上で成立するような仕事であって、非常にクリエイティブな一面があるものだと考えています。その意味では、我々が取り組むデジタル復元も商業ベースのリマスターも地続きであって、二項対立のように単純化する議論には違和感があるのですが、いずれにせよ、それらの仕事を支えてくださっているのは、まさに清水さんをはじめとするフィルム・デジタル両面での技術者さんたちの知見の積み重ねとご尽力にあるということに改めて感謝したいと思っています。今日はいろいろとお話しできて有意義でした。

清水 私たち現像所の人間にとっては、リマスターというのはビジネスベースでお客さんに観ていただくためにやっているわけですけど、その一方でこれは映画を守るアーカイブ事業も一緒に兼ねているんだ、映画作品の寿命を延ばすことに寄与できているんだ、という気概もありまして、このリマスター事業というのはとても重大な意義を感じながらやっているんです。ですから、今後もできる限りリマスターの本数を増やしていきたいですし、その一方で今後ともフィルムの活用法についても引き続き考えていきたいですね。
いずれにしても、映画は人に観られてはじめて生きる産業だといつも思っていますので、過去の作品も失われることなく、観たい人が観たい映画を安心して観られる時代になっていったらいいなと思います。今日はありがとうございました。

2021年11月、国立映画アーカイブにて
取材・構成/佐々木淳

三浦和己(みうらかずき)

国立映画アーカイブ主任研究員。電気通信大学卒。2000年、株式会社IMAGICA(現株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービス)入社。フィルムプロセス機器のメンテナンス、改良を担当の後、音声修復事業の立ち上げに参加。画像修復部門を経て、デジタルリマスター全般の技術窓口を担当した後、2014年より現職。NPO法人映画保存協会会員、一般社団法人日本映像アーキビスト協会会員。国立映画アーカイブでは、フィルム映画・デジタル映画の保存、復元を担当。

註釈

  • 1 テレシネ
    フィルム映像を放送用信号に変換する作業のこと。
  • 2 ファイルベース
    映像をコンピュータ・ファイルに保存し、映像処理・編集作業の一切をコンピュータ上で行うこと。
  • 3 レコードトーキー
    フィルムに音声を記録するサウンドトラック方式が誕生する以前に試みられていた、蓄音機と映写機を同期させて再生・映写する方式。「サウンド・オン.ディスク」「ディスク式トーキー」ともよばれ、世界初の長篇トーキー映画と呼ばれる『ジャズ・シンガー』(アラン・クロスランド監督、1927)もこの方式だった。
  • 4 タイミング
    フィルム映像の色彩を調整・補正する作業のこと。カットの前後の色味を合わせたり、作品全体のトーンを作ったりする。
  • 5 クラウドファンディング
    「わが映画人生」デジタルファイル化プロジェクトのクラウドファンディングは以下のサイトで受け付けられている。https://crowdfunding.artmuseums.go.jp
  • 6 DCP(Digital Cinema Package)
    映画作品を劇場にかける際の1つのデジタルファイル納品方式。
  • 7 LTO(Linear Tape-Open)
    2000年に発表されたコンピュータでのデータ保存用磁気テープ技術。カートリッジをドライブに差し込んで記録する。2021年末現在、第9世代(LTO-9)までが発表されている。
  • 8 デジタルジレンマ
    アメリカの映画芸術科学アカデミーが2007年に発表した報告書のこと。デジタルデータ保存の脆弱性を詳細に指摘し、長期保存のためにはフィルム保存が有益であると訴えた。さらに2012年には「デジタルジレンマⅡ」を発表している。
  • 9 IMF(Interoperable Mastering Format)
    パッケージメディア向けのファイル受け渡し規格。映像データと音声ファイル、各トラックの再生順序情報、再生先のフォーマットに合わせたトランスコード指示などがまとめられ、1つのパッケージでやり取りできるようになっている。

1 2

pagetop