Feature

なぜ、いまVHSジャケットなのか? 『ワイルドシングス —VHSジャケット野性の美—』が誕生するまで

今年7月に発行された『ワイルドシングス —VHSジャケット野性の美—』(スティングレイ刊)が話題になっている。いまはレンタルショップでもほとんど目にすることがなくなったVHSビデオのジャケット115点を一冊に納め、ほぼ原寸でまとめた珍しい企画本である。聞けば、かつてレンタルビデオに通い詰めた世代ばかりでなく、ビデオテープをほとんど手にしたことのないDVD世代以降にも訴求し、再びビデオテープへの興味が喚起されているようだ。令和の世に、なぜVHSジャケットなのか? この本を企画・編集したブックデザイナーの桜井雄一郎さんに出版の意図を聞いた。

Index

ビデオというのは、1980年代を代表する文化だと思う

映画との出会いはTSUTAYAだった


『ワイルドシングス —VHSジャケット野性の美—』(スティングレイ刊/2024年7月22日発売)

本インタビューのきっかけとなった映画本。1980年代にレンタルあるいは販売されていた洋画ビデオソフト、とりわけVHSのジャケット115点をセレクトし、高画質で収録している。ビデオブーム当時に企画・買い付けに携わった業界人へのインタビューも特別収録。A5変型判・256ページ・並製/3,960円(税込)。書店およびネットショップなどで販売。ISBN: 978-4-909717-05-4

――『ワイルドシングス —VHSジャケット野性の美—』(以下、『ワイルドシングス』)には、レンタルビデオが全盛期だった1980年代から1990年ぐらいに店頭に並んでいた、かなりレアなVHSビデオジャケットが数多掲載されています。ページを開くたびに驚きがありますが、そもそもビデオジャケットに焦点を当てた理由は、どのあたりなのでしょう?

桜井  僕は1984年生まれで、子供のころ家の近くにTSUTAYAがありました。映画との出会いは映画館のスクリーンではなく、父親に連れられて行ったレンタルビデオ店なんです。多少そういうことに起因しているところはあるでしょうね。

――レンタルビデオが登場してくる前の世代の多くは、テレビの洋画劇場で映画に初めて接した方が多く、そういう方々は最近のDVDによく収録されている「声優による日本語吹替え版」などに強いこだわりがあると思うのですが、桜井さんの世代になると、もうビデオ・ネイティヴ世代になのですね。なにか強く印象に残っている当時の記憶はありますか?

桜井  ビデオ屋さんでは、毎回のようにゴジラ映画のコーナーに行っていたんです。大好きだったのが『怪獣総進撃』(1968/本多猪四郎監督)。オールスターの東宝怪獣映画なんですが、怪獣が勢揃いしているスチルが使われたジャケットに惹かれたわけです。それを、借りてもらって観たんですよ。ところが、ジャケットのように怪獣が勢揃いして並んでいるようなカットは劇中にない(笑)。シーンとしては怪獣が集合しているし、充分満足なんだけど、そういうワンカットはない。子ども心に「あれ?」と思いました。そんな記憶とともに、ビデオ屋さんの風景として覚えているのは、新入荷で流行ってるものが大量に並んでいる賑やかなディスプレイ風景とか、奥の方に行くと、ちょっと怖い、子どもが立ち入ってはいけない感じのするホラーのコーナーがあったとか。

映画を所有する感覚

――幼いころの桜井さんにとって、レンタルビデオ店というのは、かなりワクワクする異空間だったのですね。

桜井  そうですね。さきほどTVの洋画劇場の話が出ましたが、僕らの子どものころはまだ洋画劇場が健在で、TVで初めて観た作品も多くあります。だから映画に触れる手段としては、レンタルビデオで借りて観るか、テレビの洋画劇場で観るか。映画館は、もうちょっと後になってからなんです。いま思えばビデオは、自分が生きている時代よりも前に作られたものと出会うための道具でした。それにTV放送と違って、プレーヤーにかければ何回でも観られるというのは特別感がありましたね。その映画を自分のものにできた感覚というか。

――その気持ち、よくわかります!

桜井  おそらく好きな作品のチラシを集めたり、パンフレットを集めたりすることと同じですよね。でも、それまでは映画自体を自分のものにすることはできなかった。映画そのものを所有する感覚というのは、やはりビデオが出てきてからのものだと思います。所有と言っても、当時はまだソフトの価格が高かった(1万円以上していた)ので、多くの人は一時的にレンタルして返すしかなかったとは思いますが、それでも映画を物質化して手に取れるとか、所有することが可能だというのはものすごく特別なことで、そこがビデオというメディアの肝だという気がします。そして忘れてはならないこととして、今回の本に掲載されているように、ジャケットのデザインがなんともいえず、魅力がありました。

――レンタルビデオ店の最盛期は、陳列数も異常に多かったですね。ジャケットのデザインに釣られ、裏面のクレジットを見たりして、知らなかったタイトルを借りてみることも多くありました。特に、今回数々取り上げられているホラーやアクションなどは、似たような邦題のものがたくさん出ていて、どれがいいのか悪いのか判断がつかない。まさに森へわけ入っていくような感じでした。

桜井  ただ僕の場合、当時はまだ子どもでしたから、今回『ワイルドシングス』に載せたようなジャケットのデザインを強く意識したのは、実は結構後になってからです。今回の本を購入してくださっているコア層の方々は、当時そういう気分をリアルタイムで味わった方々だろうと思いますが、残念ながら自分自身はそういう経験がない。ですので、自分としてはそういうことを実際に体験している世代の方々から後になって話を聞いて、もうちょっと見ておきたかったなという気持ち、憧れみたいなものもあり、そういった情念が僕にこういう本を作らせているような気がします。

次ページ▶ ビデオジャケットデザインは探求しがいがある

1 2 3 4

pagetop