なぜ、いまVHSジャケットなのか? 『ワイルドシングス —VHSジャケット野性の美—』が誕生するまで
ビデオジャケットの過激さの裏側

―ところで、この時のジョシュ監督へのインタビュー内容で面白いと思ったのが、当時のビデオパッケージに対して、作品の本質や内容に関わらず、ジャケットの作り方やコピーの煽り方で、パッケージはいくらでも過激で楽しそうなものにできるという視点です。作品自体とビデオのパッケージの、いい意味での乖離みたいな部分を突いていました。その辺は、デザイナーとしての桜井さんの興味を刺激したわけでしょうか?
桜井 やはりビデオで楽しいことのひとつは、ジャケット(パッケージ)でお客さんを煽るだけ煽るというか、中身と外見の違いだと思うんですね。店頭で山のようにあるなかから、ひとつだけを手に取ってもらうために、外見は中身の忠実な描写ではないんですよ。そこに面白さが生まれている。それと似たようなものに映画のポスターとかチラシがありますが、当時のレンタル全盛時のビデオジャケットの場合は、さらにそれが過激な形で出ていて。僕はその乖離こそがビデオのひとつの楽しみだと思ったのですが、そのことをジョシュ監督もよくわかっていらして、共感してくれました。
――その過激さはなぜだと思いますか?

桜井 劇場公開される映画の場合は、作品の規模にもよりますが、それこそポスターがありチラシがあり、TVスポットやラジオの広告、雑誌の記事もあったりといろんな形で宣伝が広がるわけです。だけどビデオの場合は、圧倒的に宣伝の規模が小さいし、レンタルビデオ店の棚でパッケージを観て初めて知る作品というのも少なくなかったわけです。だから棚での一期一会の出会いでどれだけ引き付けるか、借りたいと思わせるかみたいなことの勝負だったのでしょう。そこになにか売り手(メーカー)側の過剰なものが出てくる余地もあったのかなと想像します。
――確かにユーザーは何百本、何千本もあるビデオパッケージが居並ぶ棚の列から、ほんの数本だけを選ぶわけですからね。もちろんこの監督、このジャンルと決めて選ぶことが多いですが、時々「あ!これは面白そう」って手に取っちゃいますね。「ジャケ買い」ならぬ「ジャケ借り」というか。

桜井 そういったことに加えて、もうひとつ、デザイナーとしての僕なりの思いというか、この本の刊行意義があります。実はこの本の前に、映画広告デザイナーの檜垣紀六(ひがき きろく)さんに焦点を当てた『映画広告図案士/檜垣紀六 洋画デザインの軌跡 』(註5)という本を作りました。そちらは、映画会社の中にいたデザイナー檜垣紀六さんの、プロフェッショナルな映画広告の仕事をまとめた本なのですが、当時の映画広告というのは、その檜垣さんですらデザイナー名が表に出ない、アノニマスなデザイン分野だったんですね。檜垣さんの場合は、本を作ったこともあって例外的に作者が判明しました。だけど自分は、アノニマスなデザインからたくさん影響を受けてきて、そちらに光を当てたいという気持ちがずっとありまして。ビデオジャケットのデザインはまさにアノニマスで、職業デザイナーでない方の仕事も多かったのではないかと思っています。
なぜ、「野性の美」なのか?
――1980年代のビデオジャケットには、デザイナーが関わっていなかったと?

桜井 正確にはわからないですね。今回取り上げたジャケットデザインには、もちろんプロの方がやったものもたくさんあると思います。でもよく見ると、おそらく、映画のポスターってこういう感じだよね、映画の題字ってこういう感じだよね、というのを想像して模倣しつつ、自分なりにジャケットを作られた、そのメーカーの担当者の方とか、企画された方とか、デザイナーではない方が手がけたデザインに思えるものもたくさんあって。タイトルロゴとか、デザインのテクニックとか、檜垣さんみたいな方が作り上げた映画デザインのイメージに対して、少しでも近づけようとする涙ぐましい工夫みたいなものが随所に隠れています。
――探求すると面白いですね。
桜井 そういう意味で「野性の美」というサブタイトルにしました(笑)。ですから、檜垣紀六さんの本と『ワイルドシングス』はある意味で対になっていて、だけど、どちらも長い間アノニマスなデザインだった、という点では共通しているんです。檜垣さんの場合は作者がわかりましたけど、『ワイルドシングス』で取り上げたようなジャケットのデザインは、いまだに誰がデザインしたかわからない。わからないけれど、どこかでデザインされた方たちにこの本を手にとってほしい。それがおひとりなのか、メーカーで企画した人たちの総意なのかすら想像がつきませんが、その方々にこの本を捧げたいですし、その仕事への感謝を伝えたいですね。
――それも日本の映画業界史の一部であり、デザイン史でもありますから。

桜井 もともと僕が檜垣さんデザインのポスターに惹かれた点は、デザインに喜びがあると思うんですね。「このデザイン、作るの楽しかっただろうな」と思えるというか、そういうものが「野性の美」にもあるような気がしています。実は僕、仕事としての現代のデザインに自分の居場所がないと感じることがあるんです。同じような気持ちのデザイナーの人って、もしかすると少なくないと思う。そんな時に檜垣さんのポスターとかビデオのジャケットを見ると元気が出るんです。ですからこの本は、本音を言えば、僕はデザイン本のつもりなんですよ。体裁としてはビデオジャケットのアーカイブってことで映画本なのですが(笑)、映画ファンばかりでなく「デザイナーで映画も好き!」という人にも、もっと届いたらいいなと思っています。
註釈
- 註5 『映画広告図案士/檜垣紀六 洋画デザインの軌跡』
『ワイルドシングス』の版元であるスティングレイから2020年12月に発売された映画本。映画広告デザイナーの檜垣紀六(1940-)が60年間に手がけた洋画のポスター、チラシ、新聞広告などのデザイン約600作品が収録されている。A4変型判・384ページ・上製/9,900円(税込)。書店およびネットショップなどで販売。ISBN:978-4-909717-04-7
次ページ▶ 『ワイルドシングス』はこうして出来た