なぜ、いまVHSジャケットなのか? 『ワイルドシングス —VHSジャケット野性の美—』が誕生するまで
ビデオジャケットデザインは探求しがいがある
桜井氏の本業はブックデザイナーだが、その傍ら、「南海」という映画のzine(自主出版物)を2014年から発行、毎号ニッチなテーマで、映画ファンから熱烈な支持を集めている。これまで不定期に通巻で6号(1〜5号と別冊)を発行したが、その第1号がVHSテープをテーマにしたものだった。
zine「南海」発行のきっかけ
――デザイナーをしながら、zineを発行しようと思ったのは、どういう思いからですか?

桜井 僕のデザインの師匠が鈴木一誌さん(故人)(註1)という方で、デザインについてほぼ100%鈴木さんから学んできたわけですが、鈴木さんもご自身で「d/SIGN」というデザイン批評誌を創刊されていました。生前「自分のメディアを持つことは大事だよ」といわれたことがあったんです。鈴木さんの仕事を見たり、そういうお話を聞いたりしながら、いつしか自分もブックデザインの技術を足がかりにして、「発信」という言葉が適当かどうかわからないですが、送り出すことができたらいいな、と考え始めていました。それに、僕は映画本体は好きなんですが、映画好きな人同士で熱くおしゃべりしたりするのは苦手なんです。自分が好きなものをどう伝えたらいいのか、と考えたときに、本の形にして出せば、ちょっと自分から離れたものとして受け取ってくれる人がいるかもしれない。そんな思いもありました。

「南海」
桜井雄一郎氏が2014年から始めたzine(自主出版物/発行は桜井氏の個人団体であるロウバジェット)。各号とも桜井氏の中でテーマが熟成した段階で制作されるため不定期刊。これまでに6冊が発行されている。
―――「南海」の第1号が、VHSについての特集で、「ビデオ博物館」と、『VHSテープを巻き戻せ!』(註2)というドキュメンタリー映画の特集でした。ここに興味を抱いたことがzine発刊の後押しになったのでしょうか?
桜井 まさにその通りで、当時(2014年)ビデオにハマっていたんですね。いろいろ調べていくなかで、「ビデオ博物館」と名付けてネットでビデオの貸し出しをしている小坂裕司さん(註3)という方がいることを知りました。2014年だと、もうレンタルビデオ店は大手のチェーン店だけが残っているような状況でした。そんな中で、小坂さんは珍しいビデオを大量に扱っていて、しかもホームページからはビデオへの愛情が感じられました。それで、ぜひお話を聞きたい、と思ったんです。ただ、インタビューするからにはそれを発表する媒体がないといけない、というわけで、じゃあ自分でそれを作ってしまおうと(笑)。
――なるほど。

2024年4月に発行された「南海」第5号。『ストップ・メイキング・センス 4Kレストア』の公開に合わせて編まれたジョナサン・デミ&デイヴィッド・バーンファン必読の渾身の一冊となっている。絶賛発売中。
桜井 もうひとつの『VHSテープを巻き戻せ!』という映画は、ホームビデオの誕生が、映画という存在や、人々が映画を観るという行為に対して、どういう革命を起こしたのかをまとめた映画なんです。業界人へのインタビューや、ビデオの映像などを交えながらホームビデオ文化について紹介する作品です。新宿の「ビデオマーケット」(註4)という輸入DVD店で、輸入盤を手に入れてこの映画を観ることができたのですが、その時は自分と同じ熱量で「今、ビデオが熱いぞ!」と思っている人がいるんだと興奮しました。その後、日本で劇場公開されることになって、監督ジョシュ・ジョンソンの舞台挨拶に駆けつけ、インタビューを申し込みました。
註釈
- 註1 鈴木一誌(1950−2023)
杉浦康平のもとでデザインを学び、その後、日本を代表するグラフィックデザイナーとなる。映画評論の分野でも活躍。1981年、第1回ダゲレオ出版評論賞を、1998年、第29回講談社出版文化賞ブックデザイン賞を受賞。2001年より戸田ツトム、入澤美時とともにデザイン批評誌『d/SIGN』の責任編集にも携わった。 - 註2 『VHSテープを巻き戻せ!』
ホームビデオの登場によって、私たちと映画との関係はどう変わったのか?関係者へのインタビューとフッテージにより丹念に描く。ビデオのアイデンティティを問うドキュメンタリー映画。監督・脚本・原案=ジョシュ・ジョンソン。出演=アトム・エゴヤン、ロイド・カウフマン、押井守ほか。2014年7月16日日本公開。 - 註3 小坂裕司
株式会社Kプラス代表取締役社長。2011年より自社ウェブサイトにてVHSレンタルのサービスを始め、現在約7,500タイトルを扱う。サイト内に「ビデオ博物館」を開設。希少なVHSの収集・貸し出しに取り組んでいる。
https://k-plus.biz - 註4 ビデオマーケット
東京・西新宿にある輸入ビデオ、DVD、Blu-rayの販売店。珍しい作品が手に入るため、映画ファンのみならず映画関係者も多く訪れる話題のショップ。
http://www.video-market.net/vm/index.html
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