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なぜ、いまVHSジャケットなのか? 『ワイルドシングス —VHSジャケット野性の美—』が誕生するまで

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『ワイルドシングス』はこうして出来た

『ワイルドシングス —VHSジャケット野性の美—』は、旧作洋画のBlu-ray、DVDもリリースしている、版元のスティングレイとの共著になっている。出版の背景、編集の裏側についてもたずねてみた。

岩本克也さんとの信頼関係

――映画のオンラインデータベース「allcinema」を運営しているスティングレイとの共著ということですが、スティングレイは通販専門で「allcinema SELECTION」という旧作洋画のBlu-ray、DVDレーベルをもっていて、桜井さんはそちらのジャケットデザインでも活躍されています。そのなかで、この本の企画が生まれたわけですか?

桜井  スティングレイ代表の岩本克也さんへの信頼がベースにあります。岩本さんは映画ライターでもあり、僕はジャケットのデザインをさせてもらう以前から岩本さんの文章を読んでいました。特に『日常洋画劇場』(洋泉社)という本に書かれていた、かつてテレビ放映された幻の映画の話には想像力を強く刺激されました。その岩本さんが映画ソフトのレーベルをやっていることを知り、「ぜひデザインをやらせてください!」とお願いしに行ったのが、岩本さんとお仕事させていただくようになった最初です。2012年発売の『サンチャゴに雨が降る』(1975/エルヴィオ・ソトー監督)から始まり、現在に至るまで、ほとんどすべてのソフトのジャケットデザインをやらせていただいています。

――ジャケットをデザインするときの基本線というのはありますか?

桜井  自分が関わっている限り、旧作をデザインする場合の一番大事なことは、余計なことをしない、つまり当時の広告のよさを壊さないようにデザインするということですね。その一方で、それが「いま見てもちゃんとかっこいいと思えるデザインかどうか?」ということも大事にしています。懐かしい気持ちで見てくれる人だけにとどまらず、いまの感覚でも「いいよね」と思えなければ、新たにその作品を観ようという人はなかなかいないと思うので。両方のバランスがすごく難しいのですが。ただその時、これは僕の確信なのですが、岩本さんという人は日本で一番の映画ファンでもあるんです。だから正解を、どういう見せ方にすればいいのかを、全部わかっている。だから岩本さんのいうことにきちんと耳を傾けていれば、まず踏み外すことはないという安心感があるんです。

――岩本さんも桜井さんを信頼していて、桜井さんがどういうふうにデザインしてくるかっていうのを楽しんでいらっしゃる?

桜井  (笑)。ほとんど好きにやらせていただいているという自覚があります。自分も映画ファンであり、ソフトを買う側でもあるので、自分がほしいと思えるものを作るようにしています。

 

桜井氏がデザインを担当しているallcinema SELECTIONのジャケット

 


  • 『ヘル・オブ・ザ・リビングデッド』(1980/ブルーノ・マッティ監督)[超・特別版]
    5,720円(税込)


  • 『エスケープ・フロム・L.A.』(1996/ジョン・カーペンター監督)[超・特別版]
    5,720円(税込)


  • 『決死圏SOS宇宙船』(1969/ロバート・パリッシュ監督/ジェリー・アンダーソン製作・脚本)[超・特別版]
    5,720円(税込)

※スティングレイ・ストア(https://www.stingray-store.com/index.html)にて販売中

ぜひ続編を作りたい

――今回の本で取り上げた作品は、どんなふうに、どんな基準で、どんなやり取りの中で選ばれたのですか?

桜井  まずは、先ほどの小坂裕司さんに協力を仰ぎました。小坂さんはものすごい数のVHSを所持していらっしゃるので、それがひとつの前提というか、そのライブラリがなかったら本書は成り立ちませんでした。その上で「1980年代に発売されたものに絞る」というのをもう一つの条件にしました。なぜかといえば「レンタルビデオと言えば1980年代だから!」。そこは、皆さん納得していただけると思います。その次は「なにがいいジャケットなのか?」を検討したのですが、結局、こういうタイプのジャケットをよしとして、こういうタイプのジャケットは駄目です的な基準は設けませんでした。僕と岩本さんとスティングレイの書籍担当の星野裕さん、その3人で候補を持ち寄り、集約して選んでいきました。各自一番自分が載せたいと思うものから選んでいきましたが、とくに星野さんのセレクトには発見がありました。自分だったらまず選ばなかったであろうタイトルばかりです。また、小坂さんにも少し選んでいただきました。そういうふうにして集まった115点でした。

――「基準は設けなかった」のには、なにか理由が?

桜井  それに関して一例をお話しすると、この『エクスタミネーター』(1980/ジェームズ・グリッケンハウス監督)という作品は一般的には知られていないかもしれませんが、このテの映画が好きな人には結構知られたタイトルです。そういうものを入れるかどうかで、まず迷ったんですね。もっとレアなものを入れた方がいいという気もしたんですが……。その時代を振り返ったときになんとなく誰もが「あっ!」と思えるものも必要だろうということで、これは僕が選んだ1本です。今回はレアなものだけを集めるという趣旨ではないので、傾向もジャンル映画などに偏らずに、幅広く選びました。

――そのあたりは『VHSテープを巻き戻せ!』と同じ精神ですね。作中に登場する作品の選択も、映画史上の名作もあればジャンル映画もあるし、「東映Vシネマ」(註6)の作品や、中には際どい珍作までもが同等に扱われていました。

桜井  その精神は如実に表れています。そこには今回の本の指針みたいなのもあって、いままでこういったビデオを紹介する本はいくつかあったんですけど、「悪趣味」の文脈で選ばれたものが多かったと思います。それはそれで意義のあることでした。そもそもレンタルビデオ自体、画面が派手なもの、ジャケットにしても強烈なものが選ばれる傾向があったんですが、いまは世界的にも、ビデオの時代に脚光を浴びなかった、もうちょっと地味なドラマ系の映画とか、そういう作品を発掘していこうという流れが実はあって、今回の本でもそれはあえてやりたかったところです。影に隠れている作品、それもホラーとかサスペンス以外のものを自分としてはなるべく積極的に選びました。

――この『ワイルドシングス』は続編も考えていらっしゃるとか?

桜井  小坂さんのところにも、もっとジャケットはたくさんあるんです。だから読者の方に支持していただけるのなら、できるだけ続けて印刷物にして、デザインの記録として残していきたいですね。加えて今後の野望として、これは『南海』を創刊する理由でもあったんですが、やはり僕はスポットの当たっていない方に話を聞きにいきたい。ですから、これらのビデオジャケットのデザインについても、メーカーで企画されていた方とか、普段は表に出てこないような方々にお話を伺う機会があればいいなと願っています。

註釈

  • 註6 東映Vシネマ
    映画会社の東映が1989年3月より制作を開始した、劇場公開を前提としないビデオ専用のオリジナル劇映画。最盛期には月に3〜4本がリリースされ、25年間に、実に230本以上の作品が製作された。

 

 

桜井雄一郎

桜井雄一郎(さくらい ゆういちろう)

1984年生まれ。ブックデザイナー、『南海』編集人。鈴木一誌デザイン事務所を経て独立。おもな仕事に樋口尚文『大島渚全映画秘蔵資料集成』(国書刊行会)、済東鉄腸『クソッタレな俺をマシにするための生活革命』(左右社)、後藤護『黒人音楽史 奇想の宇宙』(中央公論新社)などがある。編著書に『映画広告図案士 檜垣紀六 洋画デザインの軌跡 題字・ポスター・チラシ・新聞広告』(佐々木淳と共編、スティングレイ)。

取材協力:猫の本棚

本の町・神保町のシェア型書店。空間プランナーの水野久美氏と映画評論家・映画監督の樋口尚文氏が運営する隠れ家的サロン。売上の一部を保護猫活動の支援に寄付している。

 

https://nekohon.tokyo/

 

 

2024.9.2 猫の本棚 にて

 

取材・構成・TEXT:佐々木淳

写真:諸星和明/映像:ヤマモトカズヒロ
プロデュース:緒方透子

VECTOR youtubeでも動画版インタビュー(前後編)を公開中! 動画版では、『ワイルドシングス』本誌を手に取り、桜井さんが掲載されたジャケットベスト5を解説しています。ぜひご覧ください!

 

■ブックデザイナー 桜井雄一郎さんに聞く 前編

 

■ブックデザイナー 桜井雄一郎さんに聞く 後編

「なぜ、いまVHSジャケットなのか?
『ワイルドシングス —VHSジャケット野性の美—』が誕生するまで」

■インタビュー・資料提供:桜井雄一郎

■取材協力:樋口尚文(猫の本棚)

■画像協力:スティングレイ

■取材・構成・TEXT:佐々木淳

■写真撮影:諸星和明

■映像撮影:ヤマモトカズヒロ・緒方透子

■映像編集:創太

■記事編集:ウォーターマーク(尾崎健史・諸星和明・池田倫夫)

■プロデュース:ライトスタッフ(山本和宏・岩澤尚子・緒方透子)

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