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ウルトラを作った女性たち 桜井浩子 × 田中敦子 対談

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若い精神が「ウルトラ」の画面にも出た

――おふたりは現場で初めてお会いになったそうですね。

桜井  現場ですよ。事前の顔合わせとかなかったですから。

田中  そんな暇なかったんじゃないかな(笑)。とにかく整っていない現場だったので、みんなバラバラで、まとまっていませんでしたからね。

桜井  多分、あっちゃんのことを認識したのは、2〜3本、撮ってからじゃなかったかしら。細くて、すごくクレバーな感じの女性でした。

田中  桜井さんは、まわりの女優さんとは、まったく別のタイプの人だなと思いました。すごくボーイッシュでクール。綺麗でキュート、それでいて、はっきりものをいう若い女優さんだなぁっていうのが印象的でしたね。

――おふたりの撮影現場でのエピソードをお聞かせください。

桜井  プライベートで遊ぶ暇はなかったんですが、記憶に残っているのは、ロケ地だった大島から船で帰ってくるとき。照明部の女性で、すごく歌謡曲を歌うのが上手な子がいて、帰り3人で、船でずーっと歌を歌いながら帰ってきたことがありましたね。その彼女は、翌日声が枯れてしまって(笑)。なんか非常にのどかでした。

田中  海上保安庁の「巡視船しきね」(註21)の上でも、1日中、撮影しましたね。

桜井  撮影中に、あっちゃんが怪我しちゃったんですよ。アイランプ(照明に使う反射形白熱電球)が顔の近くにあって、そこにしぶきがかかっちゃって――。

田中  水滴がかかって電球が破裂したんです。ガラスの破片が首に刺さってしまって、抜いたらピューって血が噴き出て、みんなもうびっくり! それで撮影を、ちょっとお休みしました。

桜井  首に絆創膏だけ貼って撮影に帰ってきたから、その程度で大丈夫なのかなと思って心配しましたね。ほかにもあっちゃんは、沼にハマったんです。「クモ男爵」(『ウルトラQ』第9話)(註22)の沼のセットで3回もハマった。

田中  あれは美術センター(註23)のセットなんですが、ビニールシートの上に40センチくらいの水が張ってあって。沼に落ちた一平が水没するところだけ、掘った穴のなかにドラム缶が埋まてあって深くなってるんです。その沼に30センチぐらいの幅の通路が作ってあるんですが、泥でヌルヌルなんです。そこを、あっちこっちへ動いてと指示されて、ツルッと水に落ちたわけですよ。最初は大道具さんの奥さんのズボンやシャツを借りて着たんですけれど、結局3回も落ちちゃった。いまだに西條さんからは「俺は1回だけ、スクリプターさんは3回も落ちた」といわれる。

桜井  俳優の方向ばっかり見て歩いているから、ああっ! と思ったときには踏み外してる。でも普通2回までだよね(笑)。
撮影中の話はいっぱいあるけれど、一緒に飲みに行くことはできなかったですね。私は、ギリギリまで撮影しているので、終わったら終電に間に合うように帰ったり、佐原さんに車で家の近くまで乗せていってもらったりして帰っていました。俳優は帰ってセリフを覚えなきゃならないですしね。ほかのスタッフは、楽しそうな青春を送っていましたよね。

田中  本当にそんな感じでした。『ウルトラマン』になってからですけれども、ウルトラマンが戦う特撮セットは、美大の学生が作っていたんです。成田さんや池谷仙克さん(註24)がデザインするけれども、デザインから図面を起こして、実際に建物や道を作ったり、木を植える作業は、東京藝大、多摩美、女子美、武蔵美の4校の学生が、みずからローテーションを組んで作業している。学生が、いつも20〜30人いるんですよ。
ちょうどフォークソングが流行ったころだったので、作業が終わると、天井ぐらいまで積み上がるような資材の上で、ギター弾いている学生もいたりしてね。

桜井  私も美術部をのぞきにいったり、おもしろそうだねなんていってたりするんですけど、一緒になにかをする時間はありませんでした。

――撮影スケジュールが大変だったんですね。

田中  スクリプターも早朝ロケに行って帰ってくるけれども、その前に付いていた作品の編集をやっているから、その作業にも出ないといけない。編集作業は、午後から始まって、調子が出てくるのは夜の7時〜8時ぐらいです。そこから0時ぐらいまで集中して、そろそろ成城学園か祖師谷大蔵のスナックに行くか……とかね。私もついて行くんだけれど、次の日も朝ロケがあるんです。
だから、いったん寝ても無理やり目を覚まさないといけない。朝起きるときは、目覚まし時計を手を伸ばして止めたらダメ。鳴ったら、体を90度に起こすのが大事です。心臓がキュッとして、いつか死ぬなと思ったことがあります(笑)。

桜井  お酒を飲む監督が圧倒的に多かったせいですかね。それでも自由でしたね。あれはダメ、これはダメっていうのがなかった。いまだったら、コンプライアンスで引っかかることが山ほどあると思います。
ロケで女性が大変だったのはトイレ。ひとりずついくと現場に穴が空くので、集団で行くんです。そういうことが不自由だったけれど、女だからって区別、差別された経験はないなあ。

田中  それがすごくよかったですよね。女だと思って優しくしてくれるわけでもなく、みんな同じ人間みたいな感じで。そういう若い精神が、「ウルトラ」の作品の画面にも出たんじゃないですか。

桜井  あの時代に、そういうフラットな関係の職場は珍しかったんじゃない? どんな仕事でも、男だから、女だからって感じになってしまう。多分あっちゃんも同じだと思うけれど、みんな同じ職場の人間同士みたいな仲間意識があった。円谷プロが非常にユニーク、特別だったんだろうと思います。
私は、東宝で映画界のスタンダードな考え方で育てていただいたけれども、私のDNAがどこにあるかっていったら円谷プロです。だから、その後のコーディネーターの仕事も楽しくやれるんですよ。私、女優だわって思ってないんです。そこが円谷プロの原点だからね。
あのころは、みんななにもわからないでやっているけれど、一番最初に円谷プロに行った私たちは、ラッキーだったかもしれない。あのころから、もう60年。私なんかは、レジェンドといってもらえますが、レジェンド感がまったくなくて(笑)。私がえらいとか、あんたがえらいとかね、そういうのがまったくないところで仕事をするほうが、よいものができると思います。

田中  特撮セットを作っていた学生たちは、歴代バトンタッチして、同じ大学のなかで先輩から後輩にアルバイトをつないでいってたんです。冷房や暖房のない時代に、床にはいつくばって徹夜を繰り返していた学生たちは、特別時給がよかったわけでもない。それでも責任感から、自分たちがやらなきゃって背負い込んで、撮影に間に合うようにがんばってセットを作ってくれたのはなぜ? って、彼らに聞きたいと思うぐらいです。

桜井  この仕事をやったからスターになれるとか、賞をもらえるとか、そういうよこしまな気持ちを持っている人がひとりもいなかった。純粋に自分の仕事と対峙していた。そこが初期スタッフのすばらしさだと思います。ほんと、かっこよかった。
脚本家もそうです。作品のストーリーに内包されているものが、政治や芸術など、いろんな部分で深いんですよ。脚本家が悩み続けて、なかなか脚本が決定できなかったのも、いまになってみると理解できます。

田中  みんな、戦争体験をはじめ、いろんな経験をしていますからね。ドラマは、怪獣が出るところからじゃなくて、怪獣がどういうふうに生まれて、どういう性格で、どこからきたのかというところからはじまる。ドラマで語っていなくても、最後、これをいいたかったんだなっていうのがわかるようになっている。

桜井  脚本家の佐々木守さん(註25)の「故郷は地球」(『ウルトラマン』第23話)(註26)のジャミラの名は、アルジェリア独立を扱ったノンフィクションの『ジャミラよ朝は近い』の主人公の運動家ジャミラ・ブーパシャに由来するんです。
でも、ジャミラの話を、シリアスにそのままやってしまったら、ドキュメンタリーになってしまう。それをきちんとエンターテインメントになるように消化して、それでも子供にもちょうどいいトゲが刺さるように作っていますよね。

註釈

  • 註21 巡視船しきね
    『ウルトラQ』第21話「宇宙指令M774」に登場する海上保安庁の巡視船(ちふり型巡視船4番艦、1952年竣工)。劇中の船長は、藤田進が演じた。「しきね」は、同型艦の「こうず」とともに『ゴジラ』(1954)にも出演していて、ラストシーンではオキシジェン・デストロイヤーと芹沢博士をゴジラが潜む海域に運んだ。1979年に解役。
  • 註22 「クモ男爵」(『ウルトラQ』第9話)
    1966年2月27日放送。万城目や一平、由利子と友人たちが、あるパーティーからの帰路で道に迷ってしまう。たどりついたのは、森のなかの怪しい洋館だった……。脚本:金城哲夫、監督:円谷一。
  • 註23 美術センター
    世田谷区大蔵に所在した映像の撮影スタジオ。正式名称「東京美術センター」。多くの円谷作品が撮影された。1973年、東宝ビルトに名称を変更。2008年に会社が解散し、跡地は集合住宅として再開発された。
  • 註24 池谷仙克(1940〜2016)
    映像美術監督、デザイナー。成田亨の誘いで円谷作品に参加。『ウルトラセブン』第31話からは怪獣デザインを兼任した。第21回日本アカデミー賞最優秀美術賞を受賞。
  • 註25 佐々木守(1936〜2006)
    脚本家、漫画原作者。ラジオの放送作家を経て、1963年にTVドラマ『現代っ子』で脚本家デビュー。独立系映画制作プロダクション「創造社」で、大島渚監督映画の脚本を手がける。実相寺昭雄と知り合い『ウルトラマン』に参加。
  • 註26 「故郷は地球」(『ウルトラマン』第23話)
    1966年12月18日放送。東京で行われる国際平和会議が、彗星怪獣ジャミラに襲撃される。はたしてジャミラの正体とは⁉ 脚本:佐々木守、監督:実相寺昭雄。

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