水木プロダクションの挑戦
プロジェクト各事業の成果
――映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』(2023年11月17日公開)は興行収入27.8億円を超える大ヒット作品となりました。
©映画「鬼太郎誕生ゲゲゲの謎」製作委員会
智裕 映画制作の話は、TVアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』6期(2018〜2020年放映)の放送中に、東映アニメーションのプロデューサー(当時)の永富大地さんと雑談中に「6期が好評だから映画を作りたいですね」という話をしていたんですよ。もともと6期を作るときには、あまり子供向けにしないでほしいと要望しました。というのも、5期が未就学児から小学校低学年向けだったので、視聴者が限られていたんですよね。そこで、6期は子供だけでなく大人も楽しめるような作品にしてください、とお願いしたんです。その結果、妖怪をやっつけるだけの勧善懲悪ではなく、多少難解な社会問題などのテーマも扱える作品となり、大人も楽しめる内容にしていただきました。ですから映画の話が出たときにも、子供向けのアニメにしないでください、人間ドラマを作ってほしいとお願いをしたんですね。そういった、こちらの思いを汲んでいただいたうえで、永富さんががんばって東映アニメさんで企画を通してくれました。
尚子 その企画書の中に「水木プロさんからの言葉も書いてください」とのことで、こちらからも「生誕100周年なので」みたいな文章を書いて協力しましたね。
智裕 あと、こちらからの要望としては、目玉おやじの人間体を出してほしい、というものもありました。6期の第14話「まくら返しと幻の夢」に出てきた目玉おやじの人間体は、放送時にすごく人気があったので、あの回だけで終わらせるのはもったいないと思ったんです。せっかくだから、ちゃんと映画にも出してほしいな、と。目玉おやじ(=ゲゲ郎)と水木をダブル主人公にしたおかげで、妖怪がメインではなくて人間ドラマが中心の作品にできたんだと思います。
尚子 水木というキャラに関しては、水木しげるとイコールにはしないでくださいと最初からお願いしました。作り手側には割と寄せたい気持ちがあったので、そこはちょっと抵抗しました。
智裕 この映画以降、『ゲゲゲの鬼太郎』という作品に対する見方が変わった人も多かったんじゃないでしょうか。それまで『ゲゲゲの鬼太郎』といえば、子供向けのアニメでした。大人になってからわざわざ観るものとは思われていなかったはずです。それが『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』のおかげで、水木作品は子供向けだけのものではないことが、わかってもらえたんじゃないでしょうか。映画を観た方に、マンガの『鬼太郎』シリーズや『総員玉砕せよ!』(水木しげるの戦争体験に基づく戦記マンガ)にまで興味を持っていただけたのは、最大の成果だと思っています。
――妖怪の描写も、それまでのシリーズとは一線を画すものでした。
尚子 やはり妖怪は、気配で感じるものですからね。いままでの『ゲゲゲの鬼太郎』のアニメに出てくる妖怪は、まるで怪獣のような、実体を持つ存在でした。しかし実際の妖怪は、昔の人が恐怖を感じたときに「ここになにかいるかもしれない」という気配で感じるものですから。今回の映画が大人向けである以上は、妖怪を実体のあるものとしては描かないでほしいとオーダーをしました。実体になってしまうと、勧善懲悪の妖怪退治アニメになってしまいますからね。
智裕 水木やゲゲ郎、龍賀一族などの本格的な人間ドラマを観ようとしたときに、急に実体の妖怪が出てきてバトルが始まると、大人の観客は興ざめしちゃうかもしれません。映画では禁忌の島で妖怪がガッツリと出てきたり、河童が出てきたりしますけど、そこにはあまり重きを置いていませんでしたよね。
尚子 実際の映像ではエフェクトや効果がかかって、ぼんやりとした存在として劇中に登場しています。水木の妖怪観を汲んでくれた妖怪描写になっていたと思います。
――本作は日本アカデミー賞の優秀アニメーション作品賞や、国内では唯一の映画製作者を表彰する藤本賞を受賞。フランスのアヌシー映画祭にノミネートされるなど、国内外で高い評価を受けました。
尚子 これはもう、アニメの作り手のみなさんのおかげですよ。本当に真剣にやってくださいました。作り手のみなさんに心から感謝申し上げます。
智裕 映画公開後、評論家や著名な作家さんからも、よかったといってもらえました。作品がよかったからこそ、そういった評価を得られたんだと思っています。
――2023年11月9日からは、新アニメ『悪魔くん』がNetflixにて世界独占配信がはじまりました。こちらの手応えをお聞かせください。
©水木プロ・東映アニメーション
尚子 ゲゲゲ忌2020の「悪魔くんスペシャルデー」(2020年11月21日)で、平成版のアニメ『悪魔くん』をイオンシネマ シアタス調布で上映しました。そのときに満席でおおいに盛り上がったんです。
智裕 平成版『悪魔くん』は、DVDのパッケージが細々とではありますが売れ続けていたんです。でも、イベント上映は一度もやったことがありませんでした。そのせいか、「悪魔くんスペシャルデー」には放映当時リアルタイムで視聴していたファンが大勢集まってくれたんです。
尚子 そうした反響を受けて、翌年のゲゲゲ忌2021で平成版『悪魔くん』のシリーズディレクターだった佐藤順一さんがゲスト登壇されたときに、トークショーのMCをされた永富さんが「もう一度『悪魔くん』をアニメ化しませんか」と佐藤さんに話を振ってくれたんです。
智裕 時系列としては、先に映画(『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』)のお話があって、「映画と同時にTVシリーズもあるといいね」という話だったんですよ。それが『ゲゲゲの鬼太郎』ではなく、30年ぶりの『悪魔くん』アニメ化となりました。水木作品の世間的な認知度としては、やはり8〜9割は『ゲゲゲの鬼太郎』ではないでしょうか。われわれとしては、ほかの作品も知ってもらいたいという思いが常にあります。ですから今回の『悪魔くん』は、本当にうれしい企画でしたね。現在、Netflixでは『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の配信が始まった(2024年6月22日より)ので、そのおかげで『悪魔くん』も観てみようかという人も増えたようです。本当に相乗効果になっているんじゃないでしょうか。
――2024年4月20日には、鳥取県境港市の「水木しげる記念館」がリニューアルオープンしました。
智裕 記念館のリニューアルは、実は100周年事業として行っていたわけではないんですよ。建物自体が老朽化していたので、その建て替えと100周年のタイミングが合致したんです。100周年という冠は、あとから付けた感じですね。私たちはその基本構想を練る最初の段階から、参加させてもらいました。もう後戻りできない段階になってからでは、われわれの意見が反映されないものになってしまいますからね。やはり水木亡きあとに作品をどう伝え残していくかを考えると、「水木しげるロード」と「水木しげる記念館」はすごく重要な場所です。建て替えた結果、お客さんが来なくなってしまったら、水木作品自体の評価が悪くなってしまいます。「もう終わったコンテンツだよね」、「もう読む必要ないよね」なんて思われないように、われわれが積極的に関わっていかなければなりません。
尚子 展示内容については、境港市長や鳥取県知事とも意見交換するなかで、境港は水木が生まれ育った場所だから、その生涯にフォーカスする、人物に重きを置くことが大事だと感じました。そして水木の人生においては、戦争体験を抜きには語れません。壮絶な体験をして、片腕も失っていますから。
智裕 水木作品を読んでいると「戦争体験があるからこそ、こういう内容になったんだろうな」と思うことは多々あります。あるいは、戦争体験が反映されたセリフや考え方なんかもあります。ですから、水木の戦争体験をきちんと紹介する展示にしようという考えは、最初からありました。
尚子 実際にリニューアル後に記念館を訪れた方から「記念館ですごく戦争について考えさせられた」との感想が多く寄せられて、しかもそれが否定的なニュアンスではなかったんですよ。わたしたちが納得できる展示にしたかったので、その意図が伝わったことを知り、涙が出るくらいうれしかったです。先日、記念館で初めてアンケートを取ったところ、初めて来られた方が7割で、リピーターが3割でした。初めての方がとても多いことに驚きました。そういう人たちが足を運んでくれる施設になっているのは喜ばしい限りですね。
――「水木しげる生誕100周年記念プロジェクト」の成果をどのように評価されていますか。
尚子 望んだ以上の結果になりました。本当にみなさんのおかげで、ありがたいことです。
智裕 100周年事業としては大成功です。
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