「高畑勲展ー日本のアニメーションを作った男。」オープニングセレモニー&展覧会レポート
2025年6月27日より、麻布台ヒルズ ギャラリー(東京都港区)で開催されている「高畑勲展ー日本のアニメーションを作った男。」。そのマスコミ向け内覧会とオープニングセレモニーを取材した。その模様をレポートすると共に、展覧会の見どころをあわせて紹介していく。
撮影:篠山紀信太田光氏、岩井俊二氏が語る高畑作品の魅力
高畑勲監督の長男・耕介氏と夫人のかよこ氏。オープニングセレモニーは、展覧会開催の前日2025年6月26日に行われた。
最初に高畑勲監督夫人かよこ氏と長男・耕介氏が登壇。耕介氏が開催にあたっての挨拶を行い、アニメーターでもない監督の展覧会が、このようなかたちで開催されることのよろこびを語った。
爆笑問題の太田光氏。続いてスペシャルゲストとして、爆笑問題の太田光氏と映画監督の岩井俊二氏が登場。
太田光氏は、高畑勲監督が日本語字幕翻訳を行ったフランスのアニメーション映画『王と鳥』(2006年日本公開)をめぐる対談で、はじめて顔を合わせた(スタジオジブリ発行の『熱風』、2006年6月号掲載)。高畑監督は以前から太田氏の言説に注目していて、太田氏もまた高畑作品をリスペクト。『かぐや姫の物語』の制作中にスタジオを訪問するなど、交流は続いた。太田氏は高畑監督の仕事ぶりに対して、スタッフに対してもまた自分に対しても、決して妥協を許さない厳しさを感じたという。
映画監督の岩井俊二氏。岩井俊二氏は、高畑監督とは遠戚関係に当たり、大学時代、映像の仕事をしたいと考えた時に、アドバイスをもらおうと高畑監督のもとを訪ねたという。当時、高畑監督は『柳川掘割物語』(1987)という実写作品を制作中で、訪ねて来た岩井氏に対し、自分の好きなものを映画にする大変さを2時間にわたって懇々とさとされたと語った。

おふたりは、それぞれ好きな高畑監督作品として、太田氏は『赤毛のアン』(1979)と『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999)をあげ、岩井氏は『太陽の王子ホルスの大冒険』(1968)に衝撃を受けたと語った。また、岩井監督は、自作の『花とアリス』(2004)のなかで、『ホルスの大冒険』のとあるシーンを10秒ほど引用したという。

さらに、展覧会キービジュアルにもなっている『火垂るの墓』(1988)について、太田氏は高畑監督から「この映画は反戦映画ではない」という話を聞き、「”戦争反対”という言葉に作品を閉じ込めてほしくないと、問いかけられている気がする」と、自らの思いを語った。岩井氏は、駅舎で死んだ清太のかたわらにあったサクマドロップの缶を、駅員が無造作に放り投げるシーンを例にあげ、そのアイロニックな視点にうならされたと語った。
「高畑勲展」その魅力と見どころを解説
太陽の王子 ホルスの大冒険 ©東映ここからは、展示の見どころについて、ポイントを絞って解説していく。
本展覧会は、全4章で構成されている。第1章は高畑監督が東映動画(現・東映アニメーション)に入社してから、初の長編演出(監督)作品となる『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968)まで。『ホルスの大冒険』については、監督自身が所有していた制作資料を多数展示。高畑監督だけでなく、当時はアニメーターであった宮﨑駿氏や、森やすじ氏、大塚康生氏、小田部羊一氏など、そうそうたるメンバーによるスケッチやメモ、原画などが展示され、スタッフの映画に対する熱い思いが伝わる空間となっている。
また、太田光氏も話をしていた『王と鳥』の映像と、それについての高畑監督のコメントを聞くこともできる。『王と鳥』はもともと『やぶにらみの暴君』(1955)というタイトルで、1950年代に公開され、高畑監督や宮﨑監督に大きな影響を与えた作品(例えば、『ルパン三世 カリオストロの城』(1979)は、この作品から多大なインスピレーションを受けている)。このあたりもぜひ注目してもらいたい。
太陽の王子 ホルスの大冒険 ©東映
太陽の王子 ホルスの大冒険 ©東映
第2章では、『パンダコパンダ』(1972)から『赤毛のアン』(1979)までを紹介している。東映動画を退社し、Aプロダクション、ズイヨー、日本アニメーションとスタジオを移りながら、おもにテレビアニメを作っていた時代だ(テレビシリーズの『ルパン三世』の演出に匿名でたずさわったのもこのころ)。この時期は、『パンダコパンダ』の2作、『アルプスの少女ハイジ』(1974)、『母を訪ねて三千里』(1976)と続く、高畑勲・宮﨑駿・小田部羊一というゴールデントリオによる作品制作の時代でもあったが、これらの作品の前に、実は幻となった作品がある。それが『長くつ下のピッピ』だ。A・リンドグレーンによる原作をもとに、舞台となるスウェーデンでのロケハンまで行って制作に望んだが、最終的に原作者の許諾が下りず制作は頓挫した。
しかし、この時に考えられていた、3人のメインスタッフによる制作体制や、日常を丁寧に描写する姿勢などは、この後の作品に生かされる。また、ロケハンについては、『アルプスの少女ハイジ』ではスイス、『母を訪ねて三千里』では南米とイタリアで実施。今回の展示では、スイスをロケハンした際の3人の若き日の姿を見ることもできる。

赤毛のアン ©NIPPON ANIMATION CO., LTD. “Anne of Green Gables”™ AGGLA
パンダコパンダ ©TMS
アルプスの少女ハイジ ©ZUIYO
「アルプスの少女ハイジ」公式HP www.heidi.ne.jp
第3章では、『じゃりン子チエ』(1981)から『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994)まで、おもに日本を舞台にした劇場映画制作の時代を紹介。『火垂るの墓』(1988)に大きなスペースがさかれていて、新たに発見された新素材として庵野秀明氏が描いたレイアウトと、樋口法子氏が描いた同カットのハーモニーセル(背景画のタッチで描かれたセル画のこと)が展示されている。庵野氏は「重巡洋艦のカットを描いたのだが完成した映画では真っ黒に塗りつぶされていた」と、インタビューなどで語っていたが、展示されたセル画とレイアウトを見ると細部まで描かれていたことがわかるのでお見逃しなく。
『火垂るの墓』は、今年(2025年)8月15日に約7年ぶりに地上波で放映されることが決定。またNetflixでの配信も始まっている。悲しい話なので何度も見たくないという人も多いと聞くが、これを機に、あらためて作品の魅力を感じてもらいたい。
火垂るの墓 ©野坂昭如/新潮社,1998
火垂るの墓 ©野坂昭如/新潮社,1998
おもひでぽろぽろ ©1991 Hotaru Okamoto, Yuko Tone/Isao Takahata/Studio Ghibli, NHこの第3章で紹介されている作品は、いずれも劇場用長編映画として、時間と掛けて丁寧に作られている。注目すべきポイントのひとつが背景美術。『じゃりン子チエ』『火垂るの墓』では山本二三氏、『セロ弾きのゴーシュ』(1982)では椋尾篁(むくお・たかむら)氏、『おもひでぽろぽろ』(1991)、『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994)では男鹿和雄氏といった日本を代表する描き手が美術監督をつとめ、背景画も展示されている。背景画の原画を目にできる機会はそう多くないので、ぜひ注目してもらいたい。
平成狸合戦ぽんぽこ ©1994 Isao Takahata/Studio Ghibli, NH
平成狸合戦ぽんぽこ ©1994 Isao Takahata/Studio Ghibli, NH
最後の第4章では晩年の2作品、『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999)と『かぐや姫の物語』(2013)にスポットを当てる。通常のセル・アニメーション作品が、セル画に描かれたキャラクターや乗り物などと、紙に描かれた背景画との組み合わせで作られているのに対して、この2作品はキャラクターも背景画も手描きのタッチをそのまま生かして描かれているのが特徴だ。この2作品に大きな影響を与えた、カナダのアニメーション作家フレデリック・バック氏との交友や作品についても、展示のスペースが割かれている。高畑監督が愛して止まなかった、バック氏の『クラック!』(1981)や『木を植えた男』(1987)といった作品も機会があればぜひご覧いただきたい。

かぐや姫の物語 ©2013 Isao Takahata, Riko Sakaguchi/Studio Ghibli, NDHDMTK

簡単に展覧会の見どころの一部を紹介した。高畑勲監督作品は、企画、脚本、構成、作画、背景、仕上、撮影、音楽、声など、あらゆるパートで考え抜き、議論をし、優れた技量のスタッフが全身全霊で作るため、簡単な紹介ではとても説明しきれない深みがそれぞれの作品にある。実際に展示を見ていただき、その深淵の一端にふれてもらいたい。
会場近くにはミュージアムショップ「高畑勲展 特設グッズショップ」がオープン。
圧巻のボリュームの図録をはじめ、魅力的なアイテムがそろう。
ショップにはパパンダのフォトスポットを併設!
パンダコパンダ ©TMS
パパンダにパンちゃんが抱きつくシーンを再現!
パンダコパンダ ©TMS

最後に余談をひとつ。筆者は、2004年から2014年までスタジオジブリの出版部に在席しており、高畑監督の取材に何度か立ち会わせてもらった。高畑監督は大の話し好きで、ふらりと出版部に現れては雑談をして、ふらりと去って行くことがしょっちゅうあった。セレモニーで太田光氏も語っていた通り、高畑監督はアニメーションの制作現場ではとても厳しい人だったが、仕事とあまり関係のない出版部での雑談は、いい息抜きだったのだろう。とはいえ、うかつなことをポロリと言うと、それに対して鋭く問い詰めてくることもしばしばあり、雑談とはいえ緊張感があった。もしも、高畑監督がこの文章を読んだら「こんな簡単にまとめるんじゃない」と、ぴしゃりといわれるに違いない。
TEXT:齊藤睦志
【高畑勲展ー日本のアニメーションを作った男。】
火垂るの墓 ©野坂昭如/新潮社,1998開会期:2025年6月27日(金)〜2025年9月15日(月・祝)
会場:麻布台ヒルズ ギャラリー
(https://maps.app.goo.gl/o3cL2b9XpWY36hiu5)
開館時間:10:00〜20:00(最終入館19:30)
入館料:公式サイトをご確認ください。
主催:麻布台ヒルズ ギャラリー、NHK、NHKプロモーション
企画協力:スタジオジブリ
協力:(公財)徳間記念アニメーション文化財団、新潮社
協賛:ア・ファクトリー
後援:レッツエンジョイ東京、TOKYO MX、在日スイス大使館
公式サイト:
https://www.azabudai-hills.com/azabudaihillsgallery/sp/isaotakahata-ex/
