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没後15年、いま見返されるべき映画監督、今 敏の世界

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共に過ごした時間が自分の基礎になっている

――テレビシリーズの『妄想代理人』(2004)では、今さんは総監督という立場で作品にかかわっています。

井上  テレビシリーズなのでアニメーターの力に頼らず、シナリオと絵コンテの力で持たせる方向になりましたし、シリーズとしては奇妙で面白い作品だったと思います。実写映画でもそうですけれど、僕は風変わりな作品が好きなので、そういう意味では、今さんの企画力がよく出た好きな作品です。ただ、絵については、もうちょっとよくしたかったですね。テレビシリーズとはいえ、さすがに絵がおぼつかない話数があって、もうちょっと整えられたらなというのはあります。けれど、そのあたりをクリアすれば十分おもしろい。今さんらしい、ほかの人ではちょっと考えつかないような作品でした。

――最終話は井上さんも作画で参加していますが、カタルシスがあってよかったです。

井上  うーん、僕は最後をスペクタクルで無理やりまとめなくても、なにかもうちょっと謎のまま終わってもよかったんじゃないか、アニメーション的に見栄えがあるものにして風呂敷をたたまないでいいんじゃないかって、作りながら思っていました。もっとこう、見る人を突き放すような終わり方、それこそ論議を呼ぶような終わり方をしてほしかったなと。最後のスペクタクルシーンの原画も描きましたが「得体の知れないなにか」が本当に「得体の知れない」ものであってほしかった。現場では「ストレスボンド」と呼んでいましたが、黒いドロドロの塊になってしまって。ああいう具体的なものではないビジュアルがほしかったけれど、それは映像作品の限界でもあるのかな……。文字だけでしか成立し得ないものを、上手いこと映像化できたらよかったのですが、そこまではいけなかったですね。

――最後の長編映画『パプリカ』(2006)についてはいかがでしょう。

井上  『パプリカ』は、今さんと原作者の筒井(康隆)さんとの出会いがあって、尊敬する先生からの提案で映像化したと聞いています。とはいえ、本来『パプリカ』のために考えたアイデアをいろんな作品に入れていったこともあって、今さんは新たに『パプリカ』を作るモチベーションは少し低かったかもしれません。
僕自身の話をすると、仕事で作品に参加すると、どうしても作品を一観客として楽しめなくなります。『千年女優』以降の作品に対して、僕のなかで評価が下がってしまうのは、今さんの変化や企画の面もあると思いますが、自分が参加したからということもある。『PERFECT BLUE』には参加しなかったことで客観的に楽しめてよかったと思う一方で、もし自分が参加したらどういうことができたのかなという思いもある。なので、今さんの作品に対しては、公正な評価はできないんですよ。それは今 敏作品に限らず、自分が参加して客観的に楽しめたのは『君たちはどう生きるか』(2023)くらいです。あそこまで振り切った作品だと、自分の仕事かどうかは、もはや気にならない。あとは『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995)でしょうか。このころの押井(守)さんの作品も今さんの初期作品と同じで、アニメーターに寄りかからないで、絵コンテとシナリオで完成している。さらに付け加えるなら、『老人Z』(1991)や『イノセンス』(2004)、『電脳コイル』(2007)でしょうか。アニメーターがどんな仕事をしようと揺るぎない、参加してなおかつ楽しめた作品はこのあたりですね。

――今さんの映画全作で美術監督をつとめている池 信孝さんの美術についてはいかがでしょう。

井上  池さんの仕事については『千年女優』までの作品が好きですね。特に『PERFECT BLUE』は、本当に時間がなかったらしくて、池さんはもっと手を入れたかったと思いますけれど、あのぐらいの筆数で抑えたことが、映像作品としてプラスに作用している気がします。アニメーションは、情報過多にならないほうがいいと思うんです。情報を整理して、描かないことで見る人に委ねて、補完してもらうほうが絶対いいと思う。

――井上さんから見て、『PERFECT BLUE』の美術のよさはどのあたりにあるのでしょうか。

井上  あの作品の背景美術は、独特な色使いをしています。アニメーションの常識にとらわれない色使いといいますか。『ジョジョ』の美術は、池さんではなかったのですが、今さんの思い通りになっていなかったようで、彼自身が手を入れて背景美術も直していたと聞きました。『PERFECT BLUE』の池さんは、今さんならではのアニメーションの常識にとらわれない色使いなどに対する理解力があったのでしょうね。いくら上手な人でも、今さんのいっている意味がわからないと、ああいう色使いはできない。例えば東京の夜の街の色合いって、普通のアニメではブルートーンでまとめることが多い。でも、この時は茶色っぽいグレーのような不思議な色でまとめています。実際に、東京の夜の街を見ると茶色っぽいことがあります。そういうことを『PERFECT BLUE』では採用していた。今さんがアニメーションの常識とは違う背景にしたいということを、池さんはよく理解していたんじゃないかと思います。

――最後に、井上さんにとって今 敏さんはどんな存在だったのでしょうか。

井上  今さんとの出会いがなければ、アニメーターとしての自分はないっていうくらいの存在です。彼の絵を見てびっくりして、のちに同業者になって彼の描くレイアウトのすばらしさを目の当たりにした。テクニカルな部分についても、線画やドローイングのうまさに教えられたところがいくつもありました。あとは、彼の厳しい言葉ですね。本当に厳しい批評をする人で、彼の批評に耐えられるような原画やレイアウトを描こうと思ったことが、自分の基礎になっている。間違いなくそう思います。
もちろん宮崎駿さんにも憧れたけれども、遠い存在だったので、実際に勉強になったことはあまりなくて……。でも、今さんはずっと近くにいて勉強させてもらったので、彼がいなければ現在の自分はどうなっていたのか。もっとぬるい仕事をしている可能性も十分あって、僕がアニメーターとして力をつけていく時期に、彼が近くにいたことが自分を支えている。僕が60歳を過ぎたいまでも、アニメーションの第一線にいられるのは、彼といい時期を共に過ごしたおかげだと思っています。

井上俊之

井上 俊之(いのうえ としゆき)

1961年7月生まれ。大阪府出身。アニメーター、作画監督。大阪デザイナー学院卒業後、スタジオジュニオ、フリーランスを経て現在はスタジオジブリ所属。アニメーターとして、数多くの作品に参加。代表作に『AKIRA』(1988)、『魔女の宅急便』(1989)、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』『MEMORIES 彼女の想いで』(ともに1995)、『電脳コイル』(2007)、『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』(2008)、『おおかみこどもの雨と雪』(2012)、『百日紅~Miss HOKUSAI~』(2015)、『鹿の王 ユナと約束の旅』(2022)、『君たちはどう生きるか』(2023)などがある。今 敏監督作品では、『千年女優』(2002)、『東京ゴッドファーザーズ』(2003)、『妄想代理人』(2004)、『パプリカ』(2006)で、作画監督(共同)や原画を担当した。著書に『井上俊之の作画遊蕩』(KADOKAWA刊)などがある。

 

2025.7.31 スタジオ音楽館 阿佐ヶ谷店にて

 

取材:齊藤睦志、山本和宏
構成・TEXT:齊藤睦志

写真:諸星和明/映像:尾崎健史
プロデュース:ライトスタッフ(山本和宏・岩澤尚子・緒方透子)

VECTOR youtubeでも動画版インタビューを公開中!

 

■アニメーター 井上俊之が語る映画監督 今 敏 前編

 

■アニメーター 井上俊之が語る映画監督 今 敏 後編

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