没後15年、いま見返されるべき映画監督、今 敏の世界
今 敏監督作品に参加してわかった厳しさとレベルの高さ
――次の『千年女優』(2002)から、井上さんがメインのアニメーターとして参加することになります。そのきっかけはなにかあったのでしょうか。
井上 すごく印象に残っている出来事があって、僕が新宿に映画を見に行こうとした時に、地下道で今夫妻とすれ違ったんです。彼は演劇を見に行く途中だったらしくて、すれ違う時にちょっと待ったみたいな感じで僕の手をつかんで、「次の作品に参加してほしい」といわれた。その時はお互い急いでいたので「ああ、わかったわかった」と、いい加減な返事で引き受けた記憶があります。当時はそんなに親しい間柄ではなかったし、仕事以外で会うこともなかったので、その偶然がなければ、作品を作ること自体知らなかったかもしれない。そういう偶然の出会いがきっかけで、『千年女優』に参加することになりました。
――『千年女優』で、はじめて今監督の現場に入ったわけですが、ほかの監督作品との違いを感じましたか。

井上 彼は非常に厳しい人なんです。仕事をしない人やさぼる人に対して厳しいのは当たり前ですけれど、それを正面切って態度に出す人はあまりいない。でも、今さんはそういうことを、はっきり否定する厳しさがありました。描く絵も非常にレベルが高く、そのレベルに追いつくのは本当に大変なので、しんどい現場であることは間違いない。僕らアニメーターは、作画打ち合わせをした後レイアウトを描いて、監督にチェックをしてもらうのですが、まずその心理的なハードルが高い。今さんの絵コンテがすばらしいので、普通に描くと絵コンテより見劣りするものになる。今さんの絵コンテレベルのレイアウトを描くだけでも大変なんです。
――今さんは、絵コンテをそのまま拡大コピーして、レイアウトにしているという話も聞いたことがあります。
井上 それは『東京ゴッドファーザーズ』(2003)からですね。『千年女優』までは、絵コンテはある程度ラフな状態で描いて、それに基づいてアニメーターがレイアウトを描くというやり方でした。結果的には、今さんがおそらく8割くらいは描き直していると思います。『PERFECT BLUE』では、ほとんどのカットを描きなおしたんじゃないでしょうか。彼はその作業に徒労感があって、絵コンテと同じものをレイアウト用紙に描き直すことに嫌気がさしているといっていた。それをしないで済む方法を模索した結果『東京ゴッドファーザーズ』からは、絵コンテの段階で、背景の下描きになるようなレベルの絵にすべく、精密かつ緻密に描くようになって、あとはそれを拡大すれば背景の下描きになり、アニメーターはそれに基づいてキャラクターを描くだけという作り方に変えています。絵コンテのサイズで背景の下描きを描いてしまうと決めて『東京ゴッドファーザーズ』からは、8割〜9割の絵コンテを拡大すればそのまま背景原図(背景の下描き)に転用できるものにしていました。僕自身は、アニメーターとしての意地もあったので、絵コンテを拡大したものをそのまま使うのではなく、大画面にふさわしいパースに調整したりして、絵コンテをさらによいものにすべくアレンジしたものをレイアウトとして描いて、今さんにチェックしてもらっていました。
――井上さんは以前に、『東京ゴッドファーザーズ』が今さんの分岐点だったと仰っていました。

井上 『千年女優』で大塚伸治さんというアニメーターと出会って、僕はそれが今さんのアニメーション作りを変えるきっかけになったと思っています。大塚さんは、絵コンテをかなりふくらませて作画します。絵コンテにない要素を、芝居や動きに忍ばせてくる人なんです。今さん自身も「全編大塚さんの作画のように作ってみたらどうなんだろう」といっていましたし、アニメーターの力をもっと作品に生かしたいという気持ちが芽生えたのかもしれません。今さんもアニメーション好きなので、アニメーターの芝居を楽しみたい、抑えつけるのではなく、自分にはないアニメーターの発想を取り込めば、作品がおもしろくなると思い、それを実践したのが『東京ゴッドファーザーズ』でした。
ただ、あの時点ではその転換がうまくいっていなかったと思っています。大塚伸治さんは、理解力や発想力なども含めて特別な人。同様の力を発揮するのは、僕を含めた普通のアニメーターには難しいものがあった。大塚さんが作画監督をやったり、大塚さんが大半を描くのであればうまくいくかもしれないのですが、結果的にはアニメーターの仕事の比重が増えたせいで、(今さんの)コントロールがきかなくなってしまった。それが試みとしてうまくいかなかったと思う理由です。映画自体は評価もされているし、すごく楽しい作品ですが、僕自身は、初期作品にあった鋭さのようなものはやや後退したと思いました。
たらればの話ですけれど、いま彼が生きていたらどうだったか。さらなる軌道修正をしたかもしれないし、アニメーターの力を利用する方向でも、もっとよいやり方を見出したかもしれない。なんともいえないんですが、僕個人の好みでいえば、初期のやり方に戻って、アニメーターに頼らないかたちで演出力を発揮してほしいですね。僕自身もアニメーターですので、アニメーションのうまい動きを見てしまうと物語そっちのけになってしまうところがあって。アニメーターのよい仕事はもちろん見たいんですが、どうも作品を見る邪魔になってしまうことのほうが多くて、今さんにはアニメーターの力によりかからない方向で作品を作ってほしかったですね。
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