Feature

没後15年、いま見返されるべき映画監督、今 敏の世界

Index

『PERFECT BLUE』と『ジョジョの奇妙な冒険』が自分のなかのベスト

――森本晃司さんが監督をつとめ、井上さんが作画監督、今さんが脚本・美術設定・レイアウトを担当した、『彼女の想いで』(1995、『MEMORIES』の中の一篇)は、今さんのテイストがあちこちに感じられる作品ですね。

井上  彼の脚本ということもありますが『彼女の想いで』が、やや特殊な作られ方をされていたせいですね。普通であれば、アニメーターがレイアウトを描いてそれを監督がチェックするのですが、この時は作画打ち合わせがなかなか進まなかったので、今さんと僕と森本さんで先行してかなりのレイアウトを描きました。絵コンテは森本さんが描かれていたのですが、今さんがレイアウトを描く際に、森本さんのコンテをかなりアレンジしている。そういう意味では今さんがレイアウトを描いたパートに関しては、今さんの演出的な視点も入り込んでいる。今さんが納得するレイアウトを作った結果、演出が変わってしまったことも度々ありました。僕がレイアウトを担当したシーンもかなりあるのですが、絵コンテをアレンジして自分の納得できる要素を入れようとしましたし、森本さんもレイアウトで自身で描かれた絵コンテからだいぶ離れてしまったこともあり、できあがったものは今さんと森本さん、僕の三者三様の演出的な視点が入り込んでいます。

――今さんの演出デビュー作である『ジョジョの奇妙な冒険』(1994、「Part3 スターダストクルセイダース」の一篇「DIOの世界-花京院 結界の死闘-」)を、井上さんはとても評価をされていると聞きましたが、その理由を教えてください。

井上  僕にとっての今作品のベストは『PERFECT BLUE』(1998)で、次点は『ジョジョの奇妙な冒険』です。今さんにいったら怒られるかもしれないのですが、初期作品は今さんの力が一番ダイレクトに出ていると思います。じつは、優秀なアニメーターであることと、演出家としての力量は一致しないということがほとんどで、逆に作用することが多いくらいです。よいアニメーターほど、ひとりよがりになる傾向があって、描いている本人は楽しそうだけど、作品としてはちっとも面白くないことがよくあります。例外は、宮﨑駿さんなのですが、今さんは正確にはアニメーターではありませんが、彼が出現した時に、画力と演出力が拮抗する人がやっと出てきたって感じがしました。アニメーターは「観客にどう受け取られるか?」という部分に考えが及ばない人が多いのですが、今さんは、そうした視点と画力、演出力を併せ持った数少ない人でしたね。そういう人がもっといてもいいはずなんですが、少なくとも今さんと出会うまではそう思えた人はいませんでした。

――「演出力」とは具体的にはどういうものをさすのでしょうか。

井上  うまく言語化できればいいのですが難しいですね……。例えば、そのシーンで感じてもらいたい感情なりを、きちんと表現できることだと思っています。今さんの描いた『ジョジョの奇妙な冒険』の絵コンテを見る機会があったのですが、どういうカメラを選び、どういうアングルにしてどう動かすのかという部分を、演出デビュー作で見事にコントロールしていました。もちろん、それまでの漫画家としての活動が演出の訓練になっていたとは思いますが、演出の格が違っていました。

――井上さんが最も好きな『PERFECT BLUE』には、スタッフとして参加されていません。それはなにか理由があったのでしょうか。

井上  思い返すと今さんから誘われた記憶はないです。そのころは、Production I.Gで『人狼 JIN-ROH』(2000)をやっていたと思いますが、この時の今さんは、おそらくアニメーターの力に寄りかからずに作ってみせるという気概、作画に頼らずに演出するという意識が強かったと思います。『PERFECT BLUE』には、腕のいいアニメーターが参加しているのですが、たとえアニメーターの力が足りなくても自分の手掛ける演出、つまり絵コンテとシナリオとレイアウトの力で、作品を作るつもりだった。僕に声を掛けなかったのは、遠慮したというのもあると思いますが「一流のアニメーターの力を借りずとも作って見せる」っていう気概があったんじゃないでしょうか。

――『PERFECT BLUE』制作中は、今さんに会ったりはしなかったのでしょうか。

井上  一度も会いませんでした。ただ、制作が終わった直後に今さんが『人狼 JIN-ROH』のスタジオに遊びにきたことがあったのですが、疲れ果ててボロボロって感じでした。後に『パーフェクトブルー戦記』という彼が書いた日記があって(現在もウェブサイト「KON’S TONE」内で読める)、読み物としても面白く文才も本当にすばらしいのですが、現場の内実はそれで知れました。あの日記を読むと、今さんが疲れ果てるのもよくわかる。そんな内容でしたね。
ただ、できあがった映画は本当にすばらしくて『ジョジョの奇妙な冒険』を見たとき以上にびっくりしました。原作とはまったく違うオリジナルといってもいいくらい物語はアレンジされているようですし、そもそもサイコサスペンスはアニメーションに向いていないジャンルです。今さんが好きなジャンルでもないと思いますし、後に現場の混乱ぶりを知ると、本当によくあの期間と状況で、技術的にも破綻することなく作れたものだと感心しました。

次ページ▶ 今 敏監督作品に参加してわかった厳しさとレベルの高さ

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

pagetop