没後15年、いま見返されるべき映画監督、今 敏の世界
2010年に46歳の若さで亡くなった映画監督・今 敏。没後15年たったいまでも、今 敏による4本のアニメーション映画とひとつのテレビシリーズは、多くの人に愛されている。
本特集では、今 敏監督作品すべてでプロデュースを務めた元マッドハウスのプロデューサー丸山正雄氏と、監督作品以前から共に仕事をし、監督作品にはメインの描き手としてたずさわったアニメーター井上俊之氏のふたりに、話を伺った。
つらい気持ちと、これだけの作品を残してくれてありがとうという気持ちの、両方がある
プロデューサー 丸山正雄インタビュー
初監督作品から今 敏ならではの作品になった
――まず、今 敏さんとの出会いについてお聞きします。今さんのことはいつごろからご存じだったのでしょうか。

丸山正雄(以下、丸山) 以前から付き合いのあった大友(克洋)くんとか森本(晃司)くん、それから沖浦(啓之)くんなどから、今 敏というものすごく優秀な人がいると。
その後に『PERFECT BLUE』(1998)という作品を作ることになったのですが、とても難しい企画で、正直やりたくないなと思っていました。でも、当時はスタジオにあまりお金が無く、とある会社が「これでやってください」と現金を持ってきたら、パン食い競争みたいなもんで、パクっと食いついてしまった(笑)。
原作は、男の子がストーカーになって、アイドルを追いかける話です。「この手の話は、アニメにしても絶対ウケませんよ」という話を出資元に話して「女の子を主人公にしたドラマにしたい」といったら「おまかせします」となった。シナリオの形ができてきたときに、これは僕の知っているアニメ監督ではできないなと思った。むしろ実写の監督とか、なにか別なこと考えなくちゃいけないなと思っていたときに、背の高いお兄さんだかおじさんだかわかんない人がやってきた。それが今 敏だったわけです(笑)。彼はちょうど漫画の連載が終わってアニメの仕事を探してると。『PERFECT BLUE』の話をしたら「面白そうですね」といってくれた。そこで「やってみる?」みたいな軽いノリで頼んだのが最初です。
――いきなり映画の監督を依頼するのに不安はなかったのでしょうか。

丸山 彼が優秀なのは知ってはいたけど、絵コンテやストーリー作りから任せて平気かというのは、わからなかった。後で聞いたのですが、もともとこの企画は大友くんのところに持ちかけられたのだけど、大友くんも今 敏を推薦したという噂は聞きました。まあ本当かどうかはわからないけれど、いろんな意味で流れが今 敏に集まってきたんです。
実際に制作が始まると、キャラクターデザインを漫画家の江口(寿史)さんにお願いしていたけれど上がってこなくて、主人公のラフスケッチ以外はすべて今くんが描きました。シナリオも村井(さだゆき)くんと組んで作っていたのですが、途中からこうしたいああしたいと今くんが意見を出してきた。なので、本当に最初の監督作品から今 敏ならではの作品になりましたね。
『PERFECT BLUE』をやっている最中に、今くんは集団作業が面白くなったようなんです。漫画家として描いているときは、アシスタント無しで描くぐらいの個人作業でしたから。集団作業のアニメ作りって、みんなでやることの面白さだけじゃなく、ある程度、我を通さないとダメなわけです。だから「みんなを説得できればあなたの勝ち」「説得できなければ、あんたの負け」って、僕は彼にいってました。特に絵に関しては、どんなふうにやってもいい。 あなた流に好きにやりなさい、みたいな話はしましたね。
ただ、当時の彼は、アニメの制作行程を把握しておらず、アフレコの最中にまだ絵を描いている。アフレコは、絵が完成していなくてもできるのですが、アフレコに立ち会うと、絵を描く時間がない。僕は「絵はなんとかなる、監督なんだから、アフレコやダビングは全部監督がしないとダメ」といったのですが、彼としては絵を全部自分でまとめたいと。自分にしかできない作業がいっぱいあるのでそっちをやりたいので、アフレコやダビングは音響監督に任せますといってきた。「音は直せないから、絵と違っていたら絵を直して、音に合わせなきゃダメ」という話はしたのですが、とにかく「絵」優先だった。で、音が組まれて上がってきたときに、ちょっと違うといい出した。「それは約束が違うだろう」といいましたが、どうしても直したいとなり、スケジュールを組み直しました。それによってお金もかかるわけなので、できないといってもよかったんだけど、初監督作品だし、ここでやったことが次作につながるだろうということで、ダビングをやり直したんです。
――監督としての仕事をまっとうできていなかったということでしょうか。
丸山 監督としては、まだ素人だったわけです。でも音響監督の三間(雅文)くんは、今くんのことを「まるで吸い取り紙のような人なんですね」っていうんですよ。このときにいろんなことがあったけれど、2作目には音についても全部クリアになっていたと。

――今 敏という映画監督は『PERFECT BLUE』という作品によって作られたということなんですね。
丸山 そんな感じがします。『PERFECT BLUE』以降、今 敏作品はすべてマッドハウスで作っているのですが、彼が納得できるスタッフを毎回組んで「今スタジオ」ともいえる場で作品を作っていた。スケジュール管理や制作進行に関しても今くんは厳しくて、いったとおりやってくれなきゃダメだとよくいっていました。彼は、そこまでやって自分のフィルムにしたかったのでしょうけど、そこがいちばん難しいところだったみたいで、うまくいかずに飲んでうさを晴らすということもよくありました。
