長編アニメーション映画『アメリと雨の物語』レビュー
2025年のアヌシー国際アニメーション映画祭で観客賞を受賞、本年度ゴールデングローブ賞アニメ映画賞やアカデミー賞長編アニメーション賞ノミネートなど、世界中で絶賛されたアニメーション映画『アメリと雨の物語』のレビューをお届けする。

3歳の女の子が見た、なつかしくも美しい世界を描く

『アメリと雨の物語』の舞台は、1960年代末の日本。ベルギーから来た外交官一家の末娘アメリは、生まれてからずっと外の世界に対する意識を持たなかったが、2歳半の時にあることがきっかけで突然その意識が目ざめる。両親や姉や兄とのふれ合いや、祖母からチョコレートをもらいイマジネーションが爆発するなど、アメリの心は大きく揺れ動く。笑ったり泣いたり、時に激しく衝突しながら、アメリにとっての“世界”を少しずつ知っていく。

アメリ一家は、日本家屋を借りて住んでいる。そこにお手伝いさんとして“ニシオさん”という日本人女性がやってくる。アメリとニシオさんは、国籍も年齢も異なるが、妖怪の本との出会いから深いつながりを持つようになる。また、家の近所にはアメリ一家に家を貸している家主で、冷たい眼差しが印象的な初老の日本人女性“カシマさん”が住んでいた。夏のある日、ニシオさんがアメリを連れて川に行くと、そこではたくさんの灯籠が流されていた。ニシオさんは、アメリと一緒に作った灯籠を川に流す。灯籠には、ニシオさんが書いた文字とアメリが描いた絵が記されている。流れゆく灯籠の先にはカシマさんもいて、同じく灯籠を流していた。ニシオさんとカシマさんは、20数年前の戦争で大切なものを失い、それが今も心の奥底に残されているようだった……。

本作は、2019年に日本で公開されたアニメーション映画『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』(レミ・シャイエ監督作)で、キャラクターレイアウトと作画監督を担った、マイリス・ヴァラードとリアン=チョー・ハンが監督と脚本を共同でつとめている。『ロング・ウェイ・ノース』と同じ2Dアニメーションだが、絵柄や描写はより進化している。とくにキャラクターと背景美術の質感のマッチングがすばらしく、どのシーンを見ても、まるで絵本のような美しい画面となっている。

これらのシーンを監督らと作り上げた美術監督兼プロダクションデザイナーのエディン・ノエルは、1960年代末の日本家屋やアメリ一家の家をデザインするに当たって綿密なリサーチを行い、リアルな情景を作り上げた。デザインだけでなく、日本家屋ならではの木の床のきしむ音などにもこだわり、日本人が見ても違和感の無い舞台を作り上げた。
また、3歳の女の子の視点に寄り添ったカメラワークや画面構成も見事で、監督のマイリス・ヴァラードは、自分が子どものころに身の回りのものがどう見えていたのか、また自分の子どもがどんな振る舞いをしているのかを観察し、1カットずつ画面を作り上げたという。

こうしたリアリティのある描写について、監督のふたりはインタビューなどで高畑勲監督作の『火垂るの墓』(1988)や片渕須直監督作の『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(2019)からの影響があったと語っている。その一方で、アメリのイマジネーションが爆発する幻想的なシーンについては、インタビューでは語られなかったものの、宮﨑駿監督作の『となりのトトロ』(1988)や『崖の上のポニョ』(2008)といった作品の影響を強く感じた。

映画の冒頭、“1969年”と字幕が出る。そこから半年から1年あまりの物語ではあるが、この頃、日本は高度成長期の真っ只中だった。翌1970年には大阪で万国博覧会が開催されるなど、経済の発展が目ざましく進んだ一方で、学生運動がピークを迎え、世界を見渡すとベトナム戦争の終結の見込みは見えないという激動の時代でもあった。私たちが過去を振り返る時、歴史的な事件や事故などばかりを見てしまいがちだが、この映画は、そんな大きな歴史に埋もれてしまうような、小さな家族のよろこびや悲しみを、小さな子どもの視点で丁寧に描いている。
なお、本作の音楽は、日本人ミュージシャンでありピアニストでもある福原まりが手掛けている。美しいメロディの劇伴はもちろん、「竹田の子守歌」や、ザ・ピーナッツの「恋のバカンス」といった既存曲も使われ、当時を知っている人にとってはなつかしく、知らない人にとっては新鮮な音像となっている。
©2025 Maybe Movies, Ikki Films, 2 Minutes, France 3 Cinéma, Puffin Pictures, 22D Music
TEXT:齊藤睦志

『アメリと雨の物語』
2026年3月20日公開
【スタッフ】
監督・脚本:マイリス・ヴァラード、リアン=チョー・ハン
美術監督・脚本:エディン・ノエル
原作:『チューブな形而上学』(アメリー・ノートン著)
音楽:福原まり
【キャスト】(日本語吹替版)
アメリ:永尾柚乃
アメリ(モノローグ):花澤香菜
ニシオさん:早見沙織
パトリック:森川智之
ダニエル:日笠陽子
カシマさん:深見梨加
ジュリエット:青木遙
クロード:北林早苗
製作年:2025年
製作国:フランス
上映時間:77分
配給:ファインフィルムズ
【レビュワー】齊藤睦志(さいとう ちかし)
編集者、ライター、ディレクター。1966年秋田県生まれ。1989〜2003年、編集プロダクション・スタジオハードに在籍。2004〜2014年、スタジオジブリ出版部に在籍。2016年、株式会社クラフトワークスを設立。編集・執筆を手掛けた代表作に、『ジ・アート・オブ シン・ゴジラ』(2016、グラウンドワークス)、『宮﨑駿とジブリ美術館』(2021、岩波書店)、『ジ・アート・オブ君たちはどう生きるか』(2023、徳間書店)、『ディズニーアート展図録』(日本テレビ)、『大地の芸術祭2022 公式ガイドブック』(現代企画室)などがある。
