阪神・淡路大震災から30年。特撮美術監督・三池敏夫が、特撮映像『5:46の衝撃』を語る!
阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター(神戸市)で、地震災害のすさまじさを伝え続ける再現映像『5:46の衝撃』。本作に特撮美術監督として参加した三池敏夫氏に、2001年制作当時の舞台裏をうかがう、災害伝承語り継ぎ探究サロン(第11回)トークイベント「特撮美術監督・三池敏夫氏が語る『災害×特撮』」が開催された。会場とオンライン配信のハイブリッド形式で、2025年7月26日(土)に開催されたイベントの模様をお届けする。

震災30年特別企画と連動した特別なトークショー

今回のトークイベントは、阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター(以下、ひとぼう)で開催中の企画展『震災30年特別企画 2025 「震災伝承の30年(これまで)と未来(これから)−再検証! ひとぼう1.17震災伝承コンテンツ−」』と連動したもの。企画展では、三池敏夫氏にスポットをあてたスペシャル企画に加えて、ジオラマ展示「震災直後のまち」と「大震災ホール」上映作品『このまちと生きる』を取り上げて解説。震災から30年を経た現在ならではの視点で、ひとぼうが実践してきた「災害伝承」について発信している。
トークイベントを主催したひとぼうでは、2002年の開設以来、1995年に発生した阪神・淡路大震災発生の様子を再現した約7分の映像『5:46の衝撃』を上映。本作は「ミニチュア特撮」の技術を駆使して制作されていて、平成ゴジラシリーズの故・川北紘一特撮監督が演出を担当。その制作現場を支えたのが特撮美術監督の三池氏である。
3部構成で『5:46の衝撃』と三池氏のキャリアを振り返る

トークショーは、『5:46の衝撃』の制作を中心に据え、その前後を語る3部構成。まずPART1では、三池監督が特撮の仕事を始めてから『5:46の衝撃』の制作に入るまでのキャリアを振り返った。続くPART2では『5:46の衝撃』の制作について語る。
震災発生当日、徳島県で揺れを体感した三池氏は、その後の報道で被災地の状況を目の当たりにし、恐怖したという。震災が起きた1995年は、スマホはもちろん携帯電話も普及前(日本国内でカメラ付きPHSが登場したのが1999年。カメラ付き携帯電話は2000年発売)で、現在のように監視カメラも少なかった(日本では1968年から監視カメラが設置されはじめたが、非常に高価なため普及が進まなかった)ため、地震の瞬間をとらえた映像はほとんど存在しない。被災後に撮影された映像やスチル写真が、わずかに記録として残った。
その後『5:46の衝撃』制作の依頼が川北監督と三池監督のもとにきたのは、震災発生から6年がたった2001年。阪神・淡路エリアが、まだ復興途中の時期だ。「実際に起きたことを映像化してほしいという依頼は、本当に印象深い仕事でした」と語る三池氏。再現映像は、壊れた後の建物の写真と、震災前の写真を比較し、震災により発生した破壊の過程や内容を推定して再現することになる。
「壊れた街の写真などの資料が机に積み上がっていくと、気が重くなりました。本当に意味がある仕事なのかなと、自問自答しながらやりました」(三池監督)
特撮を駆使して撮影された再現映像

実際の作業は、各場面で起こった状況を”推定”した後、どのような仕掛けを入れてミニチュアを作成すれば状況を再現できるか”検討”。そして、その仕掛けを組み込んだ上で、カメラングルを考慮してセットの”設計”を行う段階を踏んだという。
トークショーでは、再現された現場の各所について、制作時の裏話が披露された。『5:46の衝撃』で、最も印象的なシーンともいえる阪神高速道路の3号神戸線が635メートルに渡って横倒しになった場面では、大スケールのミニチュアが用いられた。
「被災現場は信じられないような景色でしたが、この作品においては重要なポイントだと思って設計しました。ミニチュアの橋脚の根本に蝶番をつけて、簡単に倒れるような仕掛けにして、木工で組んだ高速道路を横から引っ張って倒しています。脚は崩れた状態で作っておいて、無事な状態の表面を合成しています」(三池監督)

制作されたミニチュアは、全長の6割は直線状だが、奥側の4割で先細りになってカーブしている。強制的に遠近感をつけ、錯覚を利用して奥行き感を表現している。
また、橋脚は「どんな状態で崩れたかを見てもらうために、足だけのアップのカットを入れたほうがよい」という三池氏の発案により、アップ用のミニチュアが制作され、橋脚が崩壊するシーンが別に撮影された。
すべてのシーンで、ひとつひとつの対象物を丁寧に作り上げ、壊し、撮影することを重ねて『5:46の衝撃』は完成した。
「演出の川北監督は厳しい方でしたが、1カットも撮り直しは無かったし、完成品でも全カット使われていたので、満足していただけたのだと思いました」(三池監督)

ただし、通常の作品の撮影現場では、撮影終了時にスタッフが集合して記念写真を撮るが、『5:46の衝撃』では、それがなかったという。三池監督は、スタッフ全員が心苦しさを感じながら作業していたからではないかと述懐する。
記憶を風化させない再現映像の役割

PART3では、『5:46の衝撃』制作後の三池監督が、災害と向き合い取り組んだ作品について振り返った。
2016年4月から発生した「熊本地震」では、熊本県のランドマークでもある熊本城が大きな被害を受けた。2017年に開催された「熊本城×特撮美術 天守再現プロジェクト展」では、熊本市現代美術館の依頼で、ミニチュアの力で熊本城復興の機運を作るべく、特撮の技術を活用して熊本城と城下町のジオラマセットを制作。ジオラマ内に飾られた人物は、1/25の写真を使った。地元の方の協力を募り、写真をデザインナイフで切り抜き、厚紙に張って設置した。

2020年に公開された映画『Fukushima 50』(監督:若松節朗)では、三池監督は特撮・VFX監督として参加。2011年3月11日の東日本大震災で起こった福島第一原子力発電所事故の様子を描いた。
「災害を描いた映像を作ることは、記憶を風化させないという役割がある。阪神・淡路のミニチュアを制作時にも葛藤がありましたが、震災後に生まれたお子さんが大きくなったとき、写真より映像を見る方が説得力があるし、起きた事象の忠実な再現は意義がある」(三池監督)
そして三池監督は、実感のこもった言葉でトークショーを締めくくる。
「自分の故郷は熊本です。熊本地震では、年老いた母親がひとりで大変だったけれど、いろんな人の力添えでなんとかなりました。これからも、みんなが助け合って、よい世の中にできればいいと思っています」(三池監督)

エンターテイメント作品だけでなく、震災再現の分野でも、その高い技術力と誠実な人柄で、真摯に制作に向き合う三池氏。会場に集まった観客はもちろん、オンラインで視聴した人も、約2時間のイベントを通して、今後も三池氏が人の心に残るもの、響くものを作り続けることを確信したに違いない。
トークショー後にはサイン会も開催。『特撮美術監督 三池敏夫の仕事』(竹書房)へ直筆でサインするとともに、ファンとの交流を楽しんだ。
阪神・淡路大震災の経験と教訓を後世に継承し、防災に関する知識や技術の普及を図るために創設されたひとぼう。写真はトークショー会場となった西館。
TEXT:幕田けいた
トークショーの内容はアーカイブ配信で公開中(2025年11月3日まで)
【震災30年特別企画2025「震災伝承の30年(これまで)と未来(これから)
−再検証! ひとぼう1.17震災伝承コンテンツ−」】

特設サイト:https://hitobou.com/exhibition/30th/2025/
開催期間:令和7年4月26日(土)〜11月3日(月・祝)
会場:〒651-0073 神戸市中央区脇浜海岸通1-5-2
阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター
西館2階 防災未来ギャラリー
(有料ゾーン※入館料金のみ必要)
公式サイト:https://www.dri.ne.jp
主催:阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター
協力:株式会社トータルメディア開発研究所、東宝映像美術株式会社、株式会社神戸新聞事業社


