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丸の内 TOEI閉館記念
さらば昭和の大映画館! いまこそ昭和の映画館を語ろう!

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Chapter4 これからの映画館になにを求めたい?

丸の内 TOEIの閉館を惜しみつつ、消えゆく昭和の大映画館を振り返った。だが上映のデジタル化、サブスクリプションなど、映画を取り巻く環境が年々変わってきている以上、私たちは新しい映画館のあり方、愉しみ方を模索しなければならない。樋口氏が望むこれからの映画館像とは。

高品質の映画体験だからこそ、より個性のある劇場体験をしたい

――昭和の大型映画館での体験には郷愁を禁じえませんが、かつてのロードショー館にあたる現在のシネコンは、一時衰退していた映画産業が、デジタル化による収益の効率化を追求した結果としてあるわけで、後戻りはできません。

樋口  「昔の映画館を語る」テーマで話していくと、どうしても「いまのシネコンに比べて昭和の劇場は広くて迫力があって観客も盛り上がれてよかった」という論調になるわけですが、いまの若い人はその時代を知らないわけだし、そのころの思い出に浸ってばかりいてもどうしようもない。
昔はよかったといいながらも、私たちはすごくシネコンの恩恵も受けていて、そこは忘れてはいけない。テケツ(チケット売り場)に行列して待つのが祝祭感があったかもしれないけど、やっぱりオンラインでチケットが買えるほうが便利ですし。それに、かつては上映の質とか音響の質がひどい館がいくらでもありました。だからこそ、ロードショー館やそういう豪華な映画館で観る時には気分が一段上がる、特別なシズルがあったんですけど、いまはどこのシネコンに行っても極めて高いレベルのスペックで画も音も体験できる。現在はそれがひとつの基準になっている。これは昭和の時代にはありえなかったことなんです。

――シネコン化は技術革新あってのことですね。

樋口  そう考えると、私たちは大型映画館こそ失ったけれど、その代わりに新しい映画館を得た。全国的にハイレベルなシネコンを得たことで、映画館体験が均質化・平準化されてしまったので不満がないんですよね。上映のクオリティに高い質が保証されているので、もう全然シネコンでいいじゃんって感じになっちゃった。「この映画館ならでは」という個性というか、かつてのような館ごとにあった「体臭」っていうんですかね、そういうものを感じるのは難しくなってしまいましたね。だって全体のレベルが高いんだから、これ以上なにをやればいいんだという(笑)。

――昔は映画を観に行くという行為自体が、もうそれだけで祝祭になったんですが、いまはもう映画鑑賞にその感覚を求める時代ではないのかもしれません。

樋口  いまでいうとIMAXやドルビーシネマでの鑑賞は、貴重な体験だと思うんですが、それすら一般化しつつあるようでお客さんは淡々と見ている。だからわざわざ映画の前に「こんなにすごいんですよ」ってデモンストレーションしてあおるでしょう? 新宿の歌舞伎町に「109シネマズプレミアム新宿」という料金の高い映画館ができましたよね。確かにすごい贅沢な感じでラウンジもありますし、間違いなく画と音は素晴らしい。坂本龍一さんが監修したというサウンドシステムとか、映画館自体のインフラや雰囲気はすごくいいですし、あのこころざしはとてもいいと思うんですが、冷静になって考えると「こういう贅沢感を昔は普通のロードショー館でいつも経験してたんだよ」と思ってしまう。いまの劇場に、たとえば歌舞伎を見にいくような、ある種特別な体験を求めると、ああいうふうにならざるを得ないのかな?
それでも、ああいったなにかにタコツボ的にこだわってみせる映画館は、別のやり方でももっと増えていいんじゃないかと思います。サービスでも、かける映画のセレクションでもいいですから。

――映画は配信で十分という人も増えています。

樋口  配信で映画を見るというのは、鑑賞ではなくてひとつの情報処理だと思いますね。映画という情報を得たという。僕は大学で映画について教えていますが、すごく心配なのは、配信世代というか、ゼロ年代以降の学生は、映画好きの両親に映画館に連れていかれたとか、そういう経験のない子が多いんです。そういう学生に映画館での没入、興奮、陶酔とか、映画館のたたずまいや匂いといった映画館のシズルをですね、これから一体どう伝えればいいのかな? と。

――あえて配信で見られないような映画をかけているミニシアターも増えました。

樋口  そういった多種多様性、細分化という意味での映画館のあり方は、着実に進化してきていると思います。でもやはり、私たち世代の郷愁じゃないか、と笑われるかもしれないですけど、都内に大型映画館が1館ぐらいほしいなと思ってしまいますね。できればフィルムを、70ミリとはいいませんけど、フィルムをかけられる大型映画館が(笑)。

樋口尚文

樋口尚文(ひぐち なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家、映画監督。早稲田大学政治経済学部卒。
著書に『大島渚のすべて』(キネマ旬報社)、『大島渚全映画秘蔵資料集成』(国書刊行会/キネマ旬報映画本大賞2021第一位)、『黒澤明の映画術』(筑摩書房)、『実相寺昭雄 才気の伽藍――鬼才映画監督の生涯と作品』(アルファベータブックス)、『砂の器 映画の魔性――監督野村芳太郎と松本清張映画』(筑摩書房)『「砂の器」と「日本沈没」――70年代日本の超大作映画』(筑摩書房)、『ロマンポルノと実録やくざ映画 禁じられた70年代日本映画』(平凡社)、『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』(筑摩書房)、『秋吉久美子 調書』(秋吉久美子共著・筑摩書房/キネマ旬報映画本大賞2020第二位)、『テレビ・トラベラー 昭和・平成テレビドラマ批評大全』(国書刊行会)、『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』(国書刊行会)ほか多数。映画の監督作に『インターミッション』(主演:秋吉久美子、染谷将太、香川京子)、『葬式の名人』(主演:前田敦子、高良健吾、有馬稲子)。
神保町のシェア型書店「猫の本棚」のオーナーでもある。

取材協力:猫の本棚

本の町・神保町のシェア型書店。空間プランナーの水野久美氏と映画評論家・映画監督の樋口尚文氏が運営する隠れ家的サロン。売上の一部を保護猫活動の支援に寄付している。

 

https://nekohon.tokyo/

 

 

VECTOR youtubeでも動画版インタビュー(前中後編)を公開中!

 

■樋口尚文さんに聞く 前編

 

■樋口尚文さんに聞く 中編

 

■樋口尚文さんに聞く 後編

 

「丸の内 TOEI閉館記念 さらば昭和の大映画館! いまこそ昭和の映画館を語ろう!」

■インタビュー:樋口尚文

■画像協力:樋口尚文、公益財団法人川喜多記念映画文化財団、佐々木淳

■取材・構成・TEXT:佐々木淳

■写真撮影:諸星和明

■映像撮影:尾崎健史

■映像編集:創太

■記事編集:ウォーターマーク(尾崎健史・諸星和明・池田倫夫)

■プロデュース:ライトスタッフ(山本和宏・岩澤尚子・緒方透子)

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