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書籍『スタジオジブリの美術』と、アニメーション背景美術の描き手たち

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『スタジオジブリの美術』掲載作品について

ここでは『スタジオジブリの美術』に掲載されている作品について、背景美術と美術監督についてのエピソードをいくつか紹介していく。映画を観る際や本を読む際の参考になれば幸いである。

 

<1984>

風の谷のナウシカ

監督:宮﨑駿
美術監督:中村光毅

原作漫画『風の谷のナウシカ』(1982-1994、徳間書店刊)で描かれた「腐海」が、アニメーションの背景美術として美しく描かれた。美術監督の中村光毅は、宮﨑駿監督作には初参加。これまで『科学忍者隊ガッチャマン』などのタツノコプロダクション作品や、『機動戦士ガンダム』を始めとする富野由悠季監督作品の美術やデザインを手掛けてきた。


<1986>

天空の城ラピュタ

監督:宮﨑駿
美術監督:野崎俊郎、山本二三

宮﨑駿監督による3作目のオリジナル長編アニメーション作品。前作『風の谷のナウシカ』で背景を担当した野崎俊郎と、『未来少年コナン』や『ルパン三世 カリオストロの城』『名探偵ホームズ』などで、宮﨑駿監督作品で長くコンビを組んできた山本二三の両名が美術監督として立ち、クオリティの高い背景美術が全編に渡って描かれた。


<1988>

となりのトトロ

監督:宮﨑駿
美術:男鹿和雄

テレビが一般家庭に普及する前の戦後日本を舞台に、身近にある自然との交流が描かれた作品。美術監督は、同時期に『火垂るの墓』を手掛けた山本二三からの推薦で、男鹿和雄が担当。植物や木々をきちんと名前のわかるように描くなど、これまでにないアニメーション背景美術を作り上げた。


<1988>

火垂るの墓

監督:高畑勲
美術監督:山本二三
美術助手:久村佳津

野坂昭如の同名小説を高畑勲監督が映画化。美術監督は、『じゃりン子チエ』でもコンビを組んだ山本二三。舞台となった太平洋戦争末期の神戸や西宮の情景がリアルに描かれた。また、主人公たちの幽霊が登場するシーンは、赤く染まった背景画として描くなど、美術の表現が印象に残る作品となった。


<1989>

魔女の宅急便

監督:宮﨑駿
美術監督:大野広司

美術監督を務めた大野広司は、同じ小林プロダクション出身の男鹿和雄からの推薦を受け、本作に参加。大野をはじめとするスタッフは、映画で描かれた架空の町のイメージとなった、スウェーデンのストックホルムやゴットランド島などでロケハンを行い、背景美術の制作に役立てた。


<1991>

おもひでぽろぽろ

監督:高畑勲
美術監督:男鹿和雄
美術助手:久村佳津

『となりのトトロ』の美術に感銘を受けた高畑勲の依頼により、男鹿和雄が美術監督を務めた。作品は、1982年の現代を描いたパートと主人公の子ども時代の思い出を描いたパートにわかれており、思い出パートは淡い水彩画のようなタッチ、現代パートはかつてないほど写実的に描かれた背景美術となっている。


<1992>

紅の豚

監督:宮﨑駿
美術監督:久村佳津

イタリア半島とバルカン半島に挟まれたアドリア海の美しい海と空が全編に渡って描かれた作品。『名探偵ホームズ』『天空の城ラピュタ』『火垂るの墓』『おもひでぽろぽろ』など、宮﨑駿と高畑勲作品で背景美術を担当してきた久村佳津が美術監督に抜擢された。


<1993>

海がきこえる

監督:望月智充
美術監督:田中直哉

宮﨑駿や高畑勲は制作に関わらず、若手スタッフによって作られたテレビスペシャル作品。美術監督は『おもひでぽろぽろ』や『紅の豚』の背景を手掛けた田中直哉が担当。作画用のレイアウトに描かれた線のタッチを生かして、薄塗りで背景を描くという技法が使われている。


<1994>

平成狸合戦ぽんぽこ

監督:高畑勲
美術監督:男鹿和雄

人間の手により開発が進む多摩丘陵を舞台に、狸たちの抵抗と奮戦をユーモラスに描いた高畑勲監督作品。美術監督は『おもひでぽろぽろ』から引き続いて男鹿和雄が担当。自然と人間が共生した、失われつつあった日本の里山の四季が美しく描かれている。


<1995>

耳をすませば

監督:近藤喜文
美術監督:黒田聡(本編)

名アニメーターであった近藤喜文の長編映画初監督作品。美術監督は、これまで『魔女の宅急便』や『おもひでぽろぽろ』『紅の豚』などの背景を手掛けた黒田聡が担当。劇中で描かれた「バロンのくれた物語」パートの美術は、画家の井上直久によって描かれている。


<1995>

On Your Mark

監督:宮﨑駿
美術監督:武重洋二

CHAGE and ASKA(当時CHAGE&ASKA )の楽曲プロモーションフィルムとして制作された7分弱の短編作品。武重洋二と安藤雅司がいずれも初の美術監督と作画監督を担当。奇妙な建造物や放射能で汚染されたと覚しき地、羽を持つ少女といった、説明されることのない、いくつもの暗示的なモチーフに満ちた美術と作画になっている。


<1997>

もののけ姫

監督:宮﨑駿
美術:山本二三、田中直哉、武重洋二、黒田聡、男鹿和雄

かつてないスケールの大きな作品として制作されたため、美術監督(クレジット上は「美術」と表記)も5人体制という、これまでにない取り組みとなった。男鹿和雄はエミシの里を中心に描き、山本二三がシシ神の森、武重洋二がタタラ場を中心に描くといったかたちで、シーンごとの分担がなされた。


<1999>

ホーホケキョ となりの山田くん

監督:高畑勲
美術監督:田中直哉、武重洋二
美術補佐:吉田昇

20世紀最後のジブリ作品。いしいひさいちによる4コマ漫画を、高畑勲監督がアニメーション映画化。従来までのセルアニメーションとは異なる、簡略化された線でキャラクターを描き、背景美術も白地を生かして大胆に省略されたものとなった。また、これまでの作品の背景画は、おもにポスターカラーで描かれていたが、本作では水彩絵具が使われている。


<2001>

千と千尋の神隠し

監督:宮﨑駿
美術監督:武重洋二
美術監督補佐:吉田昇

武重洋二が単独で初の美術監督を務めた長編作品。舞台となった異世界や不思議の町を重厚感たっぷりに描いている。男鹿和雄や山本二三、小倉宏昌といったベテランスタッフに加え、前作『もののけ姫』から背景美術のスタッフとなった吉田昇が武重の補佐を行い、いくつもの印象的な場面の背景画を描いた。


<2002>

猫の恩返し

監督:森田宏幸
美術監督:田中直哉

アニメーターとして多くの作品に携わってきた森田宏幸による長編映画初監督作品。美術監督は『海がきこえる』を手掛けた田中直哉が担当。『海がきこえる』と同様に、線画を生かしつつ淡いタッチを使い、背景美術を描いていった。


<2002>

ギブリーズepisode2

監督:百瀬義行
美術監督:吉田昇

『猫の恩返し』と同時上映された約25分の短編映画で、6つの短いエピソードで構成されている。監督は、作画やCGでジブリ作品に関わってきた百瀬義行。美術監督は、吉田昇が初担当。エピソードごとに雰囲気の異なる世界観を踏まえて、タッチの違う背景美術が描きわけられた。


<2004>

ハウルの動く城

監督:宮﨑駿
美術監督:武重洋二、吉田昇

美術監督を武重洋二と吉田昇が共同で担当。フランスのアルザス地方でロケハンを行い、ヨーロッパの街並みや空気感を背景美術に反映させた。背景画のタッチのまま動く城は、ハーモニー処理により背景画のタッチで描かれた絵を、コンピューター上で3Dモデルに張り込んで動かす技法が使われている。『風の谷のナウシカ』で、ハーモニー処理を担当した高屋法子が、本作でも動く城を描いた。


<2006>

ゲド戦記

監督:宮崎吾朗
美術監督:武重洋二

アーシュラ・K. ル=グウィンによる原作をもとに、宮崎吾朗が初監督した作品。作中の世界アースシーの背景美術は、17世紀から19世紀にかけて活躍したヨーロッパの画家クロード・ロランやアルノルト・ベックリンなどの作品を参考に、美術監督の武重洋二らによって描かれている。


<2008>

崖の上のポニョ

監督:宮﨑駿 美術監督:吉田昇
美術監督補:田中直哉、春日井直美、大森崇

宮﨑駿10作目の監督作品。吉田昇が単独での美術監督を務めたはじめての長編作品でもある。作画は全編手描きで動かす喜びにあふれ、背景美術はジブリ美術館の短編作品などで吉田が描いてきた、絵本を思わせるカラフルな色使いと素朴な絵柄が全編で展開されている。


<2010>

借りぐらしのアリエッティ

監督:米林宏昌
美術監督:武重洋二、吉田昇

スタジオジブリの所属アニメーター米林宏昌の初監督作品。宮﨑駿が描いた数枚のイメージボードを出発点に、武重洋二と吉田昇のふたりが美術監督として、人間の暮らす空間とはスケール感の異なる床下の世界の背景美術を作り上げた。


<2011>

コクリコ坂から

監督:宮崎吾朗
美術監督:吉田昇、大場加門、髙松洋平、大森崇
美術監督補佐:中村聡子、福留嘉一

1963年の横浜を舞台に、高校生たちの青春を描いた宮崎吾朗監督作品。若手の大森崇と髙松洋平、ベテランの吉田昇と大場加門(武重洋二のペンネーム)の4人が美術監督を務めた。物があふれ、薄汚れ、活気がある描写が印象的な部室棟「カルチェラタン」の内観は、吉田が中心となって描いた。


<2013>

風立ちぬ

監督:宮﨑駿
美術監督:武重洋二

大正から昭和初期の日本をおもな舞台に、飛行機の設計家の人生を描いた宮﨑駿監督作品。背景美術では、主人公の堀越二郎が見る夢のシーンはカラフルでファンタジックな色合いで描かれ、現実世界である戦前の日本は、リアリティのある実写的なタッチで描かれている。


<2013>

かぐや姫の物語

監督:高畑勲
美術:男鹿和雄

『ホーホケキョ となりの山田くん』から14年ぶりの高畑勲監督作品にして遺作。前作の表現をさらに推し進め、キャラクターと背景美術が一体となった映像が目ざされた。美術監督の男鹿和雄は、日本の野山の景観や季節の移ろいを水彩絵具で描きわけ、かつてない背景美を構築した。


<2014>

思い出のマーニー

監督:米林宏昌
美術監督:種田陽平
美術:西川洋一、大森崇、髙松洋平、吉田昇

数多くの実写映画で美術監督を担当し、アニメーション映画『イノセンス』でプロダクションデザインを手がけた種田陽平が、美術監督を務めた。背景美術を制作するにあたっては、メインスタッフと共に北海道でロケハンを行い、現地の洋館などを参考に主要舞台となる屋敷のデザインなどを決めた。


<2016>

レッドタートル ある島の物語

監督:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット
背景美術:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット、ジュリアン・ドゥ・マン

『岸辺のふたり』(2000)などの短編作品で数々の賞を受賞したアニメーション作家マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィットによる初の長編映画。アニメーターであり、イラストレーターでもあるドゥ・ヴィット自身が、背景美術の描き手のひとりとして、美しいビジュアルを手掛けている。


<2020>

アーヤと魔女

監督:宮崎吾朗
背景:武内裕季 ほか

宮崎吾朗監督が手掛けた、スタジオジブリとしては初の3DCGアニメーション作品。これまでの手で紙に描かれた背景画ではなく、3DCGで作られた背景に同じく3Dで作られた小道具を配置した(一部、紙に描かれた背景画をCG空間に合成して作られたカットもある)。


<2023>

君たちはどう生きるか

監督:宮﨑駿
美術監督:武重洋二

『風立ちぬ』以来、10年ぶりの宮﨑駿監督長編アニメーション作品。背景美術のスタッフとして、美術監督の武重洋二をはじめ、吉田昇、男鹿和雄、西川洋一、林孝輔、高屋法子(ハーモニー処理担当)ら、スタジオジブリ作品を支えてきた描き手が再結集。背景美術は、少数精鋭のスタッフによって、かつてない長い時間を掛けて描かれた。

「書籍『スタジオジブリの美術』と、アニメーション背景美術の描き手たち」

■インタビュー:武重洋二

■取材協力:スタジオジブリ

■取材:齊藤睦志 ヤマモトカズヒロ

■構成・TEXT:齊藤睦志

■写真撮影:諸星和明

■映像撮影:加藤祐仁

■映像編集:創太

■記事編集:ウォーターマーク(尾崎健史・諸星和明・池田倫夫)

■プロデュース:ライトスタッフ(山本和宏・岩澤尚子・緒方透子)

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